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第1話





「いつまでもいじけていないで、しゃきっとしなさいよ」


 ライラは、イルシアの背中を強く叩いた。


 しかし、イルシアは口元を引き結んで不貞腐れた顔をしている。

 背中を叩かれてもびくともせず、ぶすっとした表情のまま、機嫌が悪そうにしていた。


「イルってばいい加減にしなよー。だってしょうがないじゃん。この街の冒険者組合じゃSランクの試験は受けられないんだから!」


 いつまでも不機嫌なままのイルシアを、ファルが呆れながら叱りつける。

 いつもならば、ファルの言うことに素直に従うイルシアだが、今日ばかりは口を閉じたままいつまでもいじけていた。


「……まったく。まともに試験を受けられるのか心配になってきたわ」


 ライラは頬に手をあてて溜息まじりにぼやいた。

 すると、隣にいたエリクがライラの肩に手を置いて苦笑いをする。


「そう言ってやるなよ。そりゃ、初めての一人旅じゃ不安にもなるさ」


「でも、この子はもう17歳よ。たかだか馬車で半日の街へ行くだけなのに……。こんなに不安そうにするなんて思わないじゃない」


 現在、ライラを含めたファル、エリクの3人は、これから旅立つイルシアを見送るために、街にある馬車の乗り合い場にきていた。 イルシアは、今いるこの街から一つ山向こうにある大きな街へ行くために、馬車で出かけるところだ。

 その大きな街の冒険者組合で行われる、冒険者ランクSへ上がるための試験を受けに行くのだ。


 せっかくイルシアを応援しようと皆が集まった。だというのに、イルシアは終始浮かない顔を浮かべている。

 ファルは「イルは一人旅が初めてで緊張しているだけですよ」などとあっけらかんと言ってみせるが、どうにもライラにはその理由が信じられない。

 イルシアの不満げな顔を見ているだけで、ライラは不安に襲われてしまう。


 Sランクの試験は、Sランク以上の冒険者の推薦状がなければ受けることができない。

 そもそもSランクに到達する者が少ない上、試験結果によっては推薦する側の責任が問われる。

 そのため、Sランク試験の受験者は多くは集まらず、試験は周辺地域で一番大きな組合でしか開催されない。


 イルシアがSランク試験を受けるには、どうしても山向こうの隣街に行かなくてはならないのだ。

 そんなことはイルシア本人も承知だったはずだ。

 なのに、どうして出発直前の今になってここまで拗ねているのだろう。


「あ、ほらイル! 馬車が出発するって」


 山向こうの街へ向かう馬車の御者が、出発の合図をする。

 ファルは、イルシアの手を取って馬車に近付くと、彼を中へ押し込んだ。


「いつまでも拗ねてないで、ちゃんと試験受けてきなよ。せっかくエリクさんがマスターに頼んで推薦状書いて貰ったんだからね!」


 ファルがイルシアへそう声をかけると、馬車が動き出した。

 イルシアは、最後まで口元を引き結んだまま何一つ言葉を発しなかった。


「本当に大丈夫かしら……?」


「まあ、試験が始まればいつも通りになるだろうさ」


「その試験が始まるまで気力が持てばいいのだけど……。ああ、どうか元気でいてね」


 ライラが大きく溜息をついて肩を落とすと、エリクに背中を撫でられる。

 ライラは、小さくなっていく馬車を見つめながら両手を合わせて祈っていた。



「……はあ、まさかイル君がこの街から外に出たことがないだなんて思わなかったわ」


「そういう者は、あいつに限らずに多いと思うぞ。田舎の村や街なら特にな。旅費だって馬鹿にならないのだから」


 エリクが肩をすくめながら言う。

 ライラは、やはりどうにも信じられなくて、ファルに視線を向けた。


「そういうものなのかな。だってファルちゃんは隣街に行ったことがあるのでしょ?」


「うちは一応商売していますから。それ関係で周辺の街や村には行ったことありますけど、そうでないときに出かけたことはありませんね」


「……んん、そういうものなのかしら? だって、イル君は馬にも乗れないって言っていたじゃない。びっくりしちゃったわよ」


 ライラは、腕を組んで悩みだす。どうにも自分が育ってきた環境とは違うのですぐには話を信じることができない。

 そんなライラの様子を見て、エリクが呆れたように笑った。


「ライラのように、若い時からどこへでもふらふらと旅をしている方が珍しいよ」


「そんなことないと思うけどなあ……。私の周りにはそういう人がたくさんいたわよ」


「そういう者の周りには、自然と同じような奴が集まるんだよ。普通は帰る家ってのがあるんだよ」


「……家ねえ。たしかに私にはなかったけど、そういう言い方ってないんじゃない?」


 呆れたままこちらを見ているエリクをライラは睨みつけた。


 それから、ライラは先日の出来事を思い返していた。

 Sランク試験が他の街でしか受けられないことをライラは知らず、それを聞かされたときのことだ。


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