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第15話

 クロードが大きく息をはいた。彼は涙を拭うような仕草をしてから、そっと手を下ろす。

 ライラはクロードが落ち着くまで、黙りこんでじっと待っていた。

 しばらくすると、クロードはゆっくりと深呼吸をしてから真っすぐに背筋を伸ばした。それから、彼は勢いよくライラを振り返ると腕を組んだ。


「いちおう言っておくが、私があの子のことを忘れたことはこれまでに一度もないからな」


「それくらいわかっているわよ。そんな薄情な人だったら、一度だって結婚しようとなんて思わないから」


 クロードの目が赤く充血している。

 ライラがそのことに気が付いて驚きながらクロードの顔をまじまじと見つめていると、彼は気恥ずかしそうに視線を逸らしてしまった。


 クロードはライラに泣き顔を見られることが、よっほど嫌なようだ。

 何を今さらと、ライラは少しムッとした。今までに互いのみっともない姿など嫌というほど見ているはずだ。この期に及んで泣き顔がなんだというのだろう。


 ライラはクロードの頬に手を伸ばして強引に掴むと、無理やり顔をこちらに向けさせてしっかりと視線を合わせた。彼の赤く充血した目を至近距離から見つめながら、ライラはゆっくりと口を開いた。



「──私ね、今度のあの子の命日には、お墓参りをしようと思っているのよ」


 ライラがそう言うと、クロードの目がまた潤んだ。しかし、どうにも涙を見せるのは嫌なようで、必死に耐えているのか頬がひくひくと動いている。

 ライラはくすりと笑ってから、クロードの頬を掴んでいた手を離した。途端に彼はまたライラに背中を向けて、目元に手を当てている。


 クロードが涙ぐんだ理由はわかる。

 ライラは埋葬のとき以外に墓へ行っていないからだ。

 あの子に合わせる顔がないと思っていた。犯人を見つけて罰してからでないと、会いに行ってはいけないのだと思い込んでいたのだ。


「…………そ、そうだな。君が会いに行ったら、きっとあの子は喜ぶだろう。君がいつでも来られるように、話は通しておくよ」


「うん、ありがとう。お願いね」


 あの子の墓は侯爵家の領地にある。ここからは遠く離れているが、必ず行こうと心に決めた。


「君とはもう同じときを過ごすことはできなくても、せめてあの子にとっての良き父でいたいと思う。これからはもっと気を引き締めて過ごすよ」


「そうしてちょうだいな。私は私で、ここからもういちど冒険者として一から始めてみるから!」


 ライラがそう言って笑うと、クロードがこちらを振り返った。彼は真っ赤な目をしたまま穏やかに微笑んだ。


「今度はちゃんと弟子だって立派に育てあげてみせるんだから。いつか本当にあの子に会えたときに、お母さまは立派な冒険者だったって言えるようにね!」


 ライラが胸に手を当ててそう宣言すると、クロードがこちらに向かって手を伸ばしてきた。

 王都を出たあと、クロードと再会してから、ライラは何度もこの手を振り払ってしまった。


「……道中気をつけてね。あなたに精霊のご加護がありますように」


 ライラはクロードの手を取ると、しっかりと握手を交わす。


「君も気をつけろよ。殿下があの街にいらっしゃる限り、これから起こるさまざまな出来事に巻き込まれるだろうからな」


「ほんとそれよね。覚悟はしているわ」


 ライラが困ったように笑っていると、手を強く握り返された。


「君にも、精霊のご加護がありますように」


 クロードはそう言うと、握っていたライラの手を離した。

 彼はそのままライラに背を向けると、その場から歩き出して颯爽と馬に跨った。彼は待たせていた供回りたちに声をかけて、再び王都に向かって出発してしまう。


 遠ざかるクロードの背中に、ライラは声をかけた。


「あ、そうだわ! 王都に戻ったら侯爵家のみんなに、ライラがありがとうって言っていたって伝えてほしいな。ちゃんと挨拶しなくてごめんなさいともね。絶対に伝えてよね!」


「わかった、ちゃんと伝えておく。それじゃあ、君も元気でな!」


「──うん。それじゃあね!」


 ライラは王都へ向かう旅路に戻ったクロードを見送った。姿が見えなくなるまで、その場で佇んでいた。

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