「ええ、それには精霊の力が込められているから。ちょっとやそっとの瘴気ならはじくし、軽く浄化くらいの効果が……」
ライラはそこまで言いかけて思いだした。
「あれ、でも待って。あの時にあなたが持っていたのは別の短剣じゃなかったかしら?」
「せっかく隠蔽効果があるのですから、いざという時までしっかり隠しておかないと意味がないでしょう?」
元の持ち主のくせに何を言っているのだという表情をしているエリクを見て、ライラは急に恥ずかしくなってきた。
「……じゃ、じゃあ、あなたが瘴気の影響を受けて苦しんでいるように見えたのは、もしかして全部演技だったの?」
「あんな戦いに巻き込まれたらひとたまりもありませんから。すぐに応援がくるだろうと思っておりましたしね」
引き際は大事ですよ、エリクはしれっとそう答えながら、イルシアをちらりと横目で見た。
──たしかに、あのときはこの人の言う通りすぐにイルシアが駆けつけてくれたけれど……。さすがあのマスターが元部下だと言っていただけはあるのね。そもそも殿下の使いなんだものね。食えない男だわ。
ライラはエリクという男に対する印象がガラリと変わった。
すっかり騙されたと悔しくなり、ライラは頭を抱えて身もだえる。
「それはそうとライラ殿。私が使っていた剣だとか、そういった細かいところまで思いだせるようになったのですね。あの日にご自身の身に起きた出来事をすっかりお忘れになっておられるようだったので、とても心配していたのです」
「……うう、そうらしいわね。殿下があの日にお話をしてくださったこと、あなたからも事前に少し聞いていたと知って驚いたわ」
一週間の入院生活の中での医者との面談で、ライラはあの日に起きた出来事について、ろくに覚えていないということを知った。記憶のすり合わせはまだ完全にはできていない。
「ご自覚ができていなかっただけで、記憶に障害が出ているのです。退院許可がでたといえ、ご無理なさらないでくださいね」
「……わかったわよ。医者からもこまめに通院するように言われているし、無理はしないわ」
ライラの言葉を聞いてエリクが安堵したように胸に手を置いた。
──医者には私の記憶が曖昧なのは瘴気の影響もあるけれど、もっと別の、心の問題のせいじゃないかって言われてしまったのだけどね。
ライラは居た堪れない気持ちになる。
この話題から話をそらしたくて、わざとらしくポンと手を叩いて口を開いた。
「そうだ! あなたに会ったら聞こうと思っていたことがあるのだけど、今いいかしら?」
「はい。なんでしょうか」
「行方不明の少年たちは見つかったのかしら?」
ライラの質問にエリクは黙って首を横に振った。
「……そうなのね。やっぱりあの魔族たちを見つけないとどうしようもないのかしらね」
ライラは空を見上げて呟いた。