伝えるべきことは全て言ったと、ヴィリは満足そうに一人で頷くと、すぐにライラに背を向けてしまった。
ヴィリはそのままマスターに声をかけると、真剣な顔つきで何やらこそこそと話し込みはじめた。
ライラはヴィリの切り替えの早さに、感動を覚えてしまう。
この土地をいつから第二王子の直轄地にするために動いていたのかは知らないが、その計画にライラは含まれていなかったはずだ。だからこそ、クロードはライラを安全な土地へ逃そうとしていたのだろう。
ライラがこの土地にやって来たのは偶然だ。
ヴィリとしては、計画外の存在だったライラを、無理にでも自分の陣営に引き込む気はないのかもしれない。協力してもらえたら運が良い、そのくらいの心構えなのだろうか。
ここまであっさりとした対応を取られると、ヴィリの真意をどう読み取るべきか迷ってしまう。
そんなことを考えていたとき、ふとマスターがやたらとライラに対して嫌味な態度をしてきていたことを思い出した。
──もしかして、私がここへきたことによって敵方に殿下の計画が露見してしまった、なんてことはないわよね。クロードに私との関係を疑われて迷惑していたのかと思っていたけれど、本当は殿下に痛くもない腹を探られて大変だった、とか?
そうだとしたら、マスターはそうとう肝を冷やしたことだろう。生きた心地がしなかったかもしれない。
秘密裏に行われていた計画の邪魔をされたのだ。ライラに嫌味の一つも言いたくなるかもしれない。
──だとしても、あれは酷い態度だったわよ。だって、私は何も知らなかったのだからしょうがないじゃない。それに、殿下はそのあたりのことで私を責めなかったもの。……大丈夫、なのよね?
ライラは多少の焦りを感じながら、ヴィリとマスターを交互に眺める。すると、ライラの視線に気が付いたヴィリが、横目でこちらを見て得意げに笑った。
「………………あはははは。まさか、ね?」
ライラが乾いた笑いを漏らしていると、イルシアに声をかけられた。
「……なあ、お前はこれからどうするんだよ」
不安げな瞳で見つめられて、ライラはふうと息を吐いて気持ちを落ち着けた。
「そうね。すぐには決められないけれど……」
ライラは自分がそのうちヴィリの元へ行くような気がしていた。
この気持ちはまだイルシアにはまだ言えない。簡単に言ってしまえることではない。
イルシアのことは師匠として面倒をみると決めたのだ。どう結論を出すにせよ、2人きりできちんと話をする時間をつくるべきだと思う。
「……そっか。実はさ、俺も協力してほしいって声をかけられてんだ。でもさ、よくわからねえんだよな」
「話の規模が大きすぎるものね。よくわからないと思うのが普通の反応よ」
これから一緒に考えましょうか、とライラはイルシアに言った。
イルシアのことは元から戦力としてヴィリの計画に組みこまれていたのだろうと思う。
イルシアはそのことを理解できているのだろうか。彼は黙ったまま複雑そうな顔をして頷いた。
「さてと。ひとまずは殿下のお話はわかったのだけれど……」
ライラはそう言ってクロードの方へ身体の向きを変えた。
「あなたねえ。さっきからすっかり黙り込んでしまっているけれど、説明してもらいたいことはまだまだあるわよ」
ライラはクロードをびしっと指差す。
クロードはいきなり声をかけられて、訳がわからないという顔をしている。
「……もう殿下からあらかたの内容は聞いただろう。細かいことはもう少し落ち着いてからでもいいのじゃないか?」
「そりゃあなたが私を避けていた理由はなんとなーくわかったわ。でもそれは、あなたの態度についてかろうじて理解ができただけで、まったく納得はしていないの。それに、あなたが女を囲っていたことについては、まだ何も聞いていないわ」
ライラのこの言葉に、周囲から呆れた声が聞こえた。
「……そ、それを今ここで説明しろと?」
「その説明をしないで帰れると思っていたの? 本気で?」
ライラが睨みつけると、クロードは視線を泳がせてたじろぎはじめた。