「まさか弟に背中を見せることになるとはな。これほどの屈辱を味わったのは初めてだ」
ヴィリが大仰な仕草で首を横に振った。先ほどから少し演技がかった様子を見せるヴィリに、ライラは違和感を覚える。
幼い頃から頭脳明晰だったせいで、普段から自信のある振る舞いをするところはあった。しかし、今日はそれにしても不自然なくらいに自己主張が激しい気がする。
「まずはお命があってこそです。都を出るのはお辛かったでしょうが、今しばらくの辛抱ですよ。皆いずれは殿下の行いを理解するでしょう」
マスターが慰めるように優しくヴィリに声をかけた。ずいぶんとヴィリに対して親切なのだなと、ライラはマスターの意外な一面を見て感心してしまう。
それと同時に、それほどの振る舞いをマスターがするほど、ヴィリが傷ついていることを察することができた。
何もかも投げ出して自分だけ逃げてきたのだ。それを気にしていない訳がない。
「あら、殿下にはかえってよいご経験だったのではないですか? 城の中にいるだけでは見えない景色もございましたでしょう」
マスターがヴィリに対してみせた優しさなど無視して、ライラはわざと気に障るような言い方をした。
すると、ヴィリはすぐに顔を引きつらせた。あきらかに不機嫌そうな表情を見せたヴィリに、ライラはにっこりと笑いかける。
「ほう? この僕に嫌味の一つも言えるようになったのか。それは結構なことだな」
「殿下がずいぶんと強がっておられるようにお見受けいたしましたもので……。敗走したことが悔しいのであれば、わかりやすく落ち込んでくださってもよろしいのですよ?」
「あえてそのように振舞っているとは思えんか。お前のようにいちいち落ち込んでもいられない。これ以上情けないところをみせないように強がっているのさ」
「あらまあ。それは王族としての矜持というものなのでございましょうか? でしたら、私の前では強がっていただかなくても大丈夫ですわ」
ライラはヴィリに向かって両手を広げた。
「私には殿下のような守るべき地位も体面もございません。家族を失うのは悲しいことですわ。何もお気になさることなく存分に甘えてくださって結構ですのよ?」
ライラは穏やかに微笑みながら、じりじりとヴィリに近づいていく。すると、ヴィリは苦々しく顔を歪めた。
「ふん。まだ父上も兄上も死んではおらんわ」
「……まあ、そのおっしゃりようでは時間の問題なのでございますのね。宮廷内の治安がそんなに悪くなっていただなんて驚きですわ」
「愚弟の望みは玉座だ。それを得るためにはどんなことでもするのだろうさ」
魔族と手を組むほどだぞ、ヴィリはそう言ってから大きくため息をついた。
途端に表情が暗くなる。強がってみせてはいるが、所詮はまだ二十歳そこそこの若者だ。こうやって素直に弱いところを見せてもいいはずだ。
「……僕がお前の胸に飛び込んで泣き喚いたらどうするつもりだ?」
「きちんと慰めて差し上げますわよ。私では頼りないでしょうか?」
ライラはヴィリに向かって一歩大きく足を踏み出した。
すると、背後から肩に手を置かれる。そのままぐいっと後ろにひっぱられたので慌てて振り返ると、呆れた顔をしたイルシアが立っていた。
「ふざけすぎだ、馬鹿」
「あら嫌だ。私はふざけてなんていないのよ? これでも殿下を励まそうと思ってね」
「……俺、師匠にする相手を間違えたかも。すげえ面倒くさい」
「そんな言い方は酷いじゃないの。たしかに今日はちょっとイル君に迷惑をかけちゃったけれど、普段はちゃんとお師匠さましているわよね?」
イルシアがげんなりといった表情をするので、ライラは驚いてファルに視線を送った。ファルは目を泳がせてそっぽを向いてしまう。
「あらら? 普段はちゃんとしているわよね⁉」
ライラはマスターに視線を移して同意を得ようとしたが、彼は黙って首を横に振った。
そんなライラたちのやり取りを見て、ヴィリが声を出して笑った。