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「簡単な話だ。僕と親しいから狙われた。僕の力を削ぐために、お前たちのどちらかはつぶしておきたいと考えたのだろう。そのついでに、弟は協力者の求める存在を差し出したのさ」
協力者というのは魔族のことだぞ、と青年は付け足す。
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「残念ながら、お前たちの子は幼すぎて弟らの求める結果にはならなかったようだがな」
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ライラがぼんやりとしたまま何も言えないでいる間も、青年は話を続ける。
「それでも、ライラがつぶれてくれたから十分だったのだろう。だというのに、よりによってこの地で元気にやっているとなれば、もう一度叩きつぶしておくべきとなったのさ」
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青年はライラとクロードが結婚するときに、後ろ盾となってくれた。そうでなければ、周囲は身分違いの婚姻をすんなりとは受け入れてくれなかっただろう。
青年は恩人だ。その恩人の身内が犯人と聞かされて、どう反応すればよいのかわからない。
「まったく愚弟のやつは──」
「お待ちください殿下。ライラ殿には辛い話でしょうから、もう少しお言葉を選んでゆっくりと……」
一人で話し続ける第二王子のヴィリに向かって、マスターが進言する。
ライラはマスターをぎりっと睨みつけて口を開いた。
「馬鹿にしないで! 私だってきちんと理解していたわ」
クロードとの結婚が認められたのは、優秀な子供が生まれることを望まれていたから、そういう一面があったことはわかっていた。だからこそ、生まれた子供がよからぬことを企てる連中につけ狙われるかもしれないことくらい、嫌というほど理解していた。
それなのに守れなかった。どんなに悔やんでも、命は戻ってこないから苦しい。
「もう十分に嘆き悲しむ時間はあった。相手が再びライラを狙って本格的に動き出したのだから、のんびりしていられない」
ヴィリがまた手を叩いた。この場にいる者の視線が彼に向く。
「今ごろ国境では戦がはじまっているだろう。ほどなくして王都は敵の手に落ちる」
またしても、ヴィリはとんでもないことを平然と口にする。彼は何か言おうとしているマスターを手で制して、淡々と話を続ける。
「先に言っておくが、それがわかっていて何もしていなかったのかとか、王族のくせに敵に背を向けたのかとか、そういうことはなしだ」
ヴィリが苛立たしそうに大きくため息をついてから腕を組んだ。ほんの少しだけ間が空いたので、ライラはヴィリに声をかけた。
「……殿下が国を思うお気持ち、私は十分に理解しているつもりですわ。とうぜん手は尽くしておられるのでしょう?」
この国の王には三人の息子がいる。
その三人の息子の中でも、第二王子であるヴィリは為政者として最も周囲の評価が高い。次期王としてヴィリを望む者は多い。
しかし、残念ながら王が王太子に指名したのは第一王子であった。
王は凡庸な人物だ。ヴィリが誰よりも時期王に望まれていることは理解していても、長子を王太子にすることが当たり前のことだとして譲らなかったのだ。
「そうだ。わかっているじゃないか。考えられる限りの方法を試みたが、魔族なんて規格外の存在を出してこられてはどうしようもない」
だから全力で逃げてきた、とヴィリはなぜか堂々と胸を張る。
「殿下が逃げ出すほどのこととは、よほどの緊急事態だったのですね」
「当たり前だ。都に残っていれば僕は愚弟に殺されていたぞ。殺されてしまっては何もできなくなるからな」
肩をすくめておどけるヴィリに、ライラはおもわず苦笑してしまう。