「何よそれ。ますます訳が分からないわ。優秀な肉体って、いったいどうしてそんなこと……」
狙われていたのは精霊術師の両親を持つ子か、それとも自分自身なのか。
「わからない。さっぱりわからないわ!」
ライラは激しく頭を振り乱して叫んだ。
何かとんでもないことに巻き込まれてしまったのだということだけは理解できるが、それだけだ。
「魔族なんてつい最近まで存在すら知らなかったのに! どうして守りの堅い王都にそんな連中がいるのよ⁉」
魔族が王都に忍び込むなど、協力者がいなくては不可能だろう。
誰かが王都で魔族に居場所を与えている。そうでなければ、いくらなんでも自分が強者の存在に気が付かないわけがない。
「誰かが魔族に手を貸しているのでしょう? ねえ、誰があの子を化け物なんかに差し出したって言うの⁉」
軍の一部では魔族の存在は周知の事実だったと聞いた。つまり、国の上層部は魔族の存在を把握していたはずだ。
知らなかったのは自分だけ――。
それがわかってしまい、怒りが込み上げる。
「今さら真実を隠すつもり? 中途半端は許さないわよ。あなたは何のためにここまで来たっていうのよ⁉」
ライラは取り乱しながらクロードに詰め寄る。彼は気まずそうに顔を歪めるだけで、なかなか話の続きを口にしない。
「それじゃ、続きは僕から説明させてもらおうかな」
ライラがクロードの胸倉を掴んで凄んでいると、どこからともなく声が聞こえた。
気がつけばクロードの後ろに立っていたはずのマスターが、声を発した人物に向かって頭を下げている。
いつになくかしこまった様子のマスターに呆気にとられながら、ライラは声の主を探した。
「いつまで経っても帰ってこないから僕がこっちに来ちゃったよ。ま、どうせライラとクロードが喧嘩してるのだろうとは思っていたけどさ」
案の定だね、と声の人物が意地悪そうに笑う。
「申し訳ございません。このような場所までお越しいただくとは……」
「いいのいいの。最初っからこの二人が顔を合わせたらただじゃ済まないってわかっていたしね。何かあれば仲裁するつもりでいたからさ」
「おや、この二人の仲裁をなさるおつもりだったのですか?」
「だって二人が本気だしたら周辺一帯が更地になるでしょ。それは困るからさ」
身体の痛みなど吹き飛ぶほど、ライラは驚愕していた。
こんな田舎にいるわけがない。しかし、マスターの応対を見ている限り本物なのだと確信できる。
「な、なぜこのようなところにいらっしゃるのですか?」
ライラは驚き過ぎて声が裏返ってしまった。あまりに間抜けすぎる自分に恥ずかしくなる。
「いきなり質問? まずは久しぶりだって挨拶するべきじゃないかな。いや、そもそも君は王都を出るときに僕のところに挨拶にこなかったよねえ」
先にそっちを詫びるべきかな、そう言って青年は腕を組んで不機嫌そうにライラを睨んでくる。
「も、申し訳ございません! 過分なお心遣いを頂いておりましたのに無礼な態度を……」
ライラがクロードから手を離して頭を下げると、青年は冗談だといって笑う。
「もういいよ。ライラの状況は理解していたし、僕だってクロードが何も言わずにいたことを咎めなかったわけだしさ」
「で、ではこの人に情報提供をした方というのはもしかして」
「僕のことだね」
青年はそう言って手を叩いた。
「犯人は僕の弟だよ。あいつは魔族と手を組んで戦争を起こそうとしてるのさ」
青年はまるで何でもないことのようにあっさりと言ってのけた。
ライラは感情が追いつかずに、しばらくのあいだ呆然としてしまった。