ライラが声を荒げると、イルシアの身体に力が入ったことがわかった。そばにいるファルにまで心配そうな瞳で見つめられて、ライラは天を仰いだ。
二人がこの場にいてくれなければ、とっくに手が出ているだろう。いい歳をした大人が、他人を間に挟まないと話ひとつろくにできないのかと思うとうんざりしてしまう。
「……私にだって悪いところはあったでしょう。夫婦だったのだから、どちらかが一方的に悪かったとは思っていないわ」
今度こそ取り乱すまいと心の中で誓い、クロードを見つめてゆっくりと口を開いた。ライラの言葉を聞いて、彼は心苦しそうな顔をして目をふせた。
「私がこんな態度をとってしまうのは、あなたにも責任があるのだから我慢して」
「本当にすまない。君を追いつめるつもりはなかったんだ」
「謝らないで。私もあなたに謝罪しなくちゃいけなくなるじゃない」
「……すまない」
「だから謝らないで。私は謝りたくないの。まったく、あなたはこんなに女々しい人だったかしら?」
ライラが声を荒げないように耐えていると、マスターが口を挟んできた。
「こいつは格好をつけるのがうまいだけですよ。あなたの前ではとくに注意をはらっていたので、それはもうさぞかし良い男に見えていたでしょうね。気の小さい男なのですよ」
「っおい! こんなときに変なことを言うな」
「今さら見た目だけを飾って体裁をよくしても意味がないでしょう?」
マスターの言葉にクロードが眉根を寄せて唇を引き結んだ。
図星なのか何も言い返せないクロードに、ライラはがっくりと肩を落とした。
「……あなたはあなたでお友達がいないと私とろくに会話ができそうにないのね。……もう、いつからこんな風になっちゃったのかしら」
頭を抱えてしまったライラを見て、イルシアとファルが困惑した顔で見つめ合っている。
「ねえ、ところで私とイルシア君はいつまでくっついていればいいのかしら? いい加減に教えてちょうだい。話をするにもこれじゃ身動きがとりにくいわ」
「君の気持ちが落ち着いてもう取り乱さない自信があるなら離れてもいいと思う。なんなら私が代わることもできるが……」
「はあ⁉ 無理に決まってるじゃない。あなたに触れられるなんて絶対に嫌。馬鹿なの?」
「また馬鹿って……。そんなに拒否しなくてもいいじゃないか」
「拒否されないと思っているほうに衝撃を受けたわ。……でもまあ、今の発言で確信したわ。何かしら精霊が関係していることだから、イルシア君のそばにいて守られておきなさいってことなの?」
ライラがぎろりと睨みつけると、クロードは頬を引きつらせながら小さく頷いた。
「そうだ。君は魔族に大量の瘴気を無理やり身体の中に流し込まれて暴走させられでもしたのだろう? 瘴気は浄化できても、それによって生じた身体の中の気の乱れはそう簡単に元には戻らない」
「気の流れはそばにいる者に影響するものね。安定した状態のイルシア君と一緒にいたほうが良い影響を受けて早く回復するということね。理由はわかったわ」
それだけ前後不覚になった自分は荒れ狂っていたのかと、ライラは信じられない気持ちになる。イルシアが切羽詰まった様子でおかしくならないかと尋ねてきたことも理解ができた。
「でも、どうして私は瘴気を浄化されても生きているのかしら。瘴気に侵された生き物は、姿を保てなくなるはずじゃない」
「瘴気は堕落した精霊から生み出されるものだ。私たちのような精霊術師は精霊の力に耐性がある」