ライラはイルシアの様子をうかがいながら、深く息を吐いた。
甘やかせと言われても、思春期の子供相手にどうすればよいのかわからない。ましてや、自分が置かれている状況が理解できていないというのに、この場をどう乗り切るか明確な答えなんて出せるわけがない。
「…………もう、泣かないでちょうだいな。どうしてそんな風に涙を流しているのかしら?」
とにかく泣いている理由がわからなければどうしようもないと思い、イルシアに優しく声をかける。すると、イルシアは嗚咽をもらしながら、ライラの胸からゆっくりと顔を上げた。彼は不安げな視線でライラを見つめてくる。
「……もう変にならないか? おかしくならないか? どこかに行ったりしないよな?」
「うーん、そんなことを言われてもねえ。私には何がなんだかわからないのよね」
目から大粒の涙を流して頬を赤くしているイルシアと視線があう。ライラがぎこちなく笑うと、彼は照れ臭そうにくしゃりと顔を歪めた。
イルシアの身体は小刻みに震えている。ライラは彼の背中に手をおいて優しく撫でた。
「ほらほら泣かないの。私はちゃんとここにいるから」
「もう泣いてねえっての! つかさ、なんであんなことになったのにお前は無事なんだよ。もう平気ならそれでいいけど、訳がわからねえよ」
イルシアはぶっきらぼうに言いながら目元を拭うと、そっぽを向いてしまった。
「あんなことになったって、どういう意味よ? もう少し具体的に話をしてくれると嬉しいわ」
ライラがそう尋ねると、イルシアが身体を起こそうとする。彼の身体がライラから離れそうになると、クロードがイルシアの肩に手を置いてそれを止めた。
「今はそのまま離れないで彼といた方がいい。傍を離れると、身体の痛みが戻ってくるぞ」
クロードにそう言われて、ライラはイルシアが抱き着いてきてから身体の激痛が消えていることに気が付いた。
「…………へえ、そうなの。不思議なこともあるものねえ。そんな風に忠告をしてくれるのだから、あなたはこの状況の具体的な説明ができるのかしら?」
「……っそれは、そうだが……」
ライラがいやみったらしく話しかけると、クロードは何かを言いたげにしていたが口を噤んでしまった。
「ふーん、そうなのね。もしかしてイルシア君が呼び出している精霊が関係しているのかしらねえ。私には何が何やらさっぱりだけれど、あなたがこの状況のお話をしてくださるのよねえ?」
ライラがクロードを睨みつけながら問いかけると、彼は肩を落として地面に膝をついた。
「……そんなに睨まないでくれ。君ときちんと、今度は逃げずに話をするから……」
青白い顔をしたクロードが、深く息を吐いてから重々しく言った。
彼の言葉を聞いて、ライラの心の中に怒りの感情がわきあがる。
話をするなんて今さらじゃないかとか、そんな大怪我をするような状態まで追い込まれなければ自分とは話をする気にならなかったのかとか、クロードに対して言いたいことがありすぎて頭の中がいっぱいになる。
そんなライラの苛立ちが伝わったのだろう。
身体を寄せ合わせているイルシアが、骨がきしむほど力強く抱きしめてきた。
「なあ、また変な感じがする。すげえ不安になる。頼むから落ち着けって」
「…………っうう、わかったから。もう絶対に怒らないからイルシア君も落ち着こうね!」
ライラは息苦しさに顔を歪めながら、イルシアを抱きしめ返した。
イルシアが分かりやすくライラの心配してくれるので、微笑ましくて胸がいっぱいになった。すぐに怒りはどこかへ行ってしまった。
ライラは、ぽんとイルシアの頭に手を置いてから顔を引き締めると、クロードに視線を向けた。
「さあ、きちんと話を聞かせてもらおうじゃないの」