「………………私は、ここで何をしていたの? あんな奴らって誰のことなのよ」
ライラは自分に向かって問いかけた。
心の中にあった激情が、徐々に消えていく。すると、頭の中が妙にすっきりとしてきた。
つい先ほどまで、自分が落ち着いて物事を判断することができなくなっていたのだと、ようやく自覚した。
──私は、ここにアヤちゃんを助けに来たのよね。それで……、それでどうしたんだっけ? アヤちゃんは無事? なんで思い出せないの?
「……何だろうな。私にもさっぱりわからないよ」
ライラが心の中で自問自答していると、クロードが声をかけてきた。
「……あなたには聞いてないわ。というか、なんであなたがここにいるのよ?」
そう言った瞬間、ライラの身体に激痛が走る。
「っ痛あ! な、何なの? 身体がすっごく痛いんだけど!」
あまりの激痛に立っていられなくなる。身体が崩れ落ちそうになったとき、誰かが胸の中に飛び込んできた。
「…………っうぐ⁉ ちょっと、誰なのよ」
勢いよく飛びつかれて、ライラは尻もちをついた。そのまま飛び込んできた者に地面へ押し倒される。いったい誰だと頭を上げて覗き込むと、イルシアがライラの胸に顔を埋めていた。
「ど、どうしてイルシア君がここにいるの?」
ライラは首を傾げてイルシアに尋ねた。彼はライラの背中にしっかりと手を回して抱き着いている。
「ねえイル君? ちょっと重たいかなあ。離れてくれると嬉しいかも……」
「心配させたお前が悪い!」
イルシアが嗚咽まじりに叫んだ。彼はそのままライラの胸に頬を擦りつけながら、小さな子供のように泣きじゃくりはじめてしまった。
「……うう、重いってば……。何で私が悪いのよ?」
「……っ急に、おがしくなるから。……し、死んだらどうしようってえ……うぐ、うう……」
イルシアはしくしくと泣き続けている。いつも強がっているイルシアの珍しい姿に、ライラは困惑してしまう。
「……これは何事? 誰か説明してくれるかしら」
ライラは寝転がったまま周囲を見渡した。イルシアがいるならどこかにファルがいるはずだ。
案の定、ライラたちから少し離れた場所にファルはいた。彼女は戸惑いつつも、ライラと視線が合うとこちらへ駆け寄ってきた。
「ライラさん……、もう大丈夫なのですか?」
「うーん、大丈夫なのかな? ごめんね、私にはよくわからないの。ファルちゃんのわかる範囲のことで何が起きたか教えて欲しいな」
「私にも何がなんだか。ライラさんが変だったことしかわかりません」
ファルと会話をしていると、呆れた顔をしたマスターがやってきた。
「エリクが気を失っておりましてね。ここで起きたことを説明できそうなのは、あとはイルシア君なのですが。……これじゃお話はできそうにありませんね」
マスターは泣きじゃくっているイルシアを見下ろしてため息をついた。
すると、ファルがイルシアの隣にやってきてしゃがみこむ。
「イルが泣いているのはですね。たぶんお母さんのことを思い出してしまったからだと思います。申し訳ないですけど、落ち着くまでこのままでいさせてあげてください」
どうしてここでイルシアの母の話題が出てくるのかとライラが質問する前に、マスターが説明をしてくれた。
「イルシア君のお母さまが亡くなられたとき、丁度いまのライラさんくらいの年齢でしたからね。いろいろと思いだしてしまったのだと思いますよ」
「……そうだったの。それはなんだか申し訳ない気がするけれど、私にはこんな大きな子供はいないわよ」
ライラがそう言ってマスターを睨むと、彼は鼻で笑った。
「いいじゃないですか。イルシア君だってまだ子供なのですから、存分に甘やかしてあげてください」