「……やり残したことって、まさかあの女のことかしら?」
掴まれた腕がびくともしない。クロードの目にもう涙はなかった。
「そういえば、結婚したなんて話は聞かないわね。あまり待たせたらかわいそうじゃない」
弓を捨ててあえて近づけば隙もできるかと思ったが、愚策だったかもしれないと思った。
ライラは悔し紛れに嫌味ったらしく言い放つ。すると、腕を掴んでいたクロードの手の力が緩んだ。
「彼女を放り出してこんな所に来て大丈夫なの? とても綺麗な人だったもの。留守にしている間に男を作られても知らないわよ」
ライラは掴まれていた手を乱暴に振り払う。頭の中に王都を出たあの日に見た愛人の姿が思い浮かんでしまい舌打ちをした。
「ふん、あの女は今もきっとあなたの帰りを待ちわびているのでしょうね。あなたも早く帰って顔を見たいのでしょう?」
クロードは罰が悪そうな顔をして目を伏せる。その態度に腹が立ち、ぎろりと睨みつけた。
「…………………………かった」
ライラの嫌味に、クロードが何かをぼそりとつぶやいた。
「あら、なあに? はっきりと言ってくれなきゃ聞こえないわ」
「…………彼女のことは、本気じゃなかった」
ライラが聞き返すと、クロードは眉間に皺を寄せながら苦しそうに言った。
「何よそれ、本気じゃなかった? 面白いことを言うわね」
「ああ、そうだ。面白いと思うなら笑えばいい」
「あはははははは! そうね、とっても面白いわ」
ライラは言われた通り声を上げて笑った。
クロードは何人もの女を自宅の離れに連れ込んでいた。それがあの女だけは長続きしていたというのに、本気ではなかったというのだからおかしくてたまらない。
では、自分の存在は何だったのか。彼が新しい女を連れている姿を見るたびに、ひどく傷ついていた。自分は彼にとっては何者だったというのだろう。ライラは笑いが止まらない。
「私の関心が君から別の誰かに移ったのだと思われればそれでよかった。相手なんて誰でもよかったんだ」
クロードが淡々と言葉を口にする。
彼の雰囲気から冗談を言っているわけではないのだと察したライラは、笑うことをやめた。彼が話している言葉の意味が理解できない。
「……何それ、どういうことよ?」
「もういいんだ。やり方を間違ったということは私が一番理解している」
「意味がわからないわ。あなたは何を成し遂げたくてやり方を間違ったのというの?」
ライラの問いかけを無視して、クロードは剣を構え直した。
「質問に答えてよ。あなたは何を間違ったというの⁉」
「もういい。君をここまで追い詰めた責任は私がきちんと取る」
「ふざけないで! 勝手に自己完結してんじゃないわよ」
ライラが叫ぶとクロードは構え直した剣を突きつけてきた。
「……あなたっていつもそうね。話をする気がないなら私の前に姿を見せないでよ。苛々するわ!」
ライラは怒りに任せて身体中の力を一気に外に解き放った。