壊れるとはどういうことなのか。いや、そんなことよりも聞きたいことが山ほどある。
しかし、ライラの口から言葉は出てこなかった。
視界がぼやける。纏わりつく瘴気の渦を浄化してしまいたいが、感情がうまく制御できないせいでそれがかなわない。
「ほんっとに邪魔なんだよねえ、君みたいな人間ってさ。大人しく使われる気がないなら、さっさといなくなってほしいよ」
少女が指を立てると、その先に瘴気の黒い塊が出現した。
「君のような人間ってさ、これを消してしまうでしょ? それはすごく困るのさ。だからそういう人間を壊すのが僕の仕事。完璧に心をへし折ったと思っていたのにさ。まさかこんな田舎で元気になっているなんて想定外だよ」
ライラが黙りこんでいると、少女はぺらぺらと一人で話し続ける。
「殺してもいいけどさ。君みたいな人間ばかり殺して回っていたら目立つでしょ? だからね、心が壊れてくれるくらいがちょうどいいのさ」
「……お、お前は……、これはいったい何なんだ! 何がしたい⁉」
周囲に漂っている瘴気の渦が身体の中に入り込んでくる。その瘴気が自分の中でどんどんと大きく膨れ上がっていくのを感じた。
「おいライラ! 何やってんだよ⁉」
遠くからイルシアの声がする。
彼はこちらに来ようとしているが、エセリンドが邪魔をしている。
「……だからさあ、言ったじゃない。壊れて欲しいんだよ」
少女がそう言って遠くを指差した。
「わあ、よかったね。ちょうど応援が到着したみたいだ」
ライラは少女の指差す先を見た。
遠くからこちらに向かってくる複数の人影が見える。
ここへ近付かないようエリクに伝言を頼んだが、彼がさらわれてしまったので応援がくることを止められなかったのだ。
「これで僕のお仕事はおしまい! あとはなるようになるでしょ。僕らは帰るから」
少女がそう言うと、イルシアと戦っていたエセリンドが動きを止めた。
少女がパチンと指を鳴らす。その音を聞いたエセリンドは少女の元へと駆けつけた。
「──っあ、てめえら! 待てこら逃げるな」
イルシアの叫び声が森の中に響く。彼は槍を構えたが、すでに少女とエセリンドは姿を消していた。
少女とエセリンドの二人は、まるで最初からここにいなかったのようにあっさりといなくなってしまった。
「皆さんご無事ですか?」
少女とエセリンドが姿を消した直後、応援の一団が到着した。
声をかけてきたのはマスターだ。彼は地面に倒れているエリクとアヤを見て、共にやってきた冒険者たちに救助を命じている。
「俺は問題ない。だけどあっさり逃げられた! むかつく」
イルシアが心配そうに駆け寄ってきたファルに不貞腐れながら言った。彼はそのとき、マスターの隣に見覚えのない人物がいることに気がついて顔をしかめた。
「その人たち誰? さっきの話し合いの時にはいなかったよな」
冒険者たちに混ざって軍服姿の男たちがいる。
この地域の軍の制服ではない。だからイルシアは首を傾げているが、ライラには見覚えがあった。
軍服だけじゃない。それを着ている男もよく知る人物だったのだ。
「………………………………クロード」