「──っぎゃあああああああああああ‼」
どこからともなく、エセリンドの悲鳴が聞こえる。
耳元で鳴り響く不快な呻き声に、ライラは顔をしかめた。
イルシアは声がどこから聞こえるのか不思議そうな顔をしながらも、勢いよく槍を振り回して瘴気を燃やし続けた。
すると、次第に炎を避けるようにして、慌ただしく瘴気が一か所にかたまっていく。
「なんだこれ、どういう仕組みだよ?」
「さあ? 私にもわからないわ」
集まった瘴気が徐々に人の形に変わっていき、エセリンドが姿を現した。どうやら黒い霧全体が彼女の身体のようなものだったらしい。
エセリンドはふらふらになりながら自身の身体を抱きしめ、恨めしそうにイルシアを睨みつけている。
「この、クソガキがあああああ!」
地を這うような低い声で、エセリンドが叫ぶ。耳ざわりな叫び声を発してる彼女を、イルシアは軽蔑の眼差しで見つめていた。
「……この女が行方不明事件の犯人でいいのか?」
「そうよ。その人が似顔絵の――」
ライラがイルシアの質問を肯定すると、彼は話を最後まで聞かずにエセリンドに向かって突っ込んでいった。
「ちょ、ちょっと待って! アヤちゃんが近くにいるんだから気を付けてよね!」
「わかってる! 俺がこいつを引き受けるから、お前はさっさとアヤを助けに行け!」
「何を言っているのよ! 二人で協力してその女を始末した方がいいわ」
ライラはイルシアと一緒に戦おうと前に出ようとする。
すると、イルシアに大声で止められてしまった。
「助けるほうが先だろ! いつまでもこんなところにいたら、アヤとおっさんはもたないぞ」
ライラはイルシアの言葉にはっとさせられた。
ライラが気おくれしている間に、イルシアはエセリンドを相手にしながら叫び続ける。
「あいつからアヤ引き離せれば、おっさんが連れて逃げられるだろ! 俺がこいつを引きつけているうちにどうにかしてくれ。俺は守りながら戦うとか、そういう細かいことは苦手なんだよ!」
知っているだろ、そう言ってイルシアがちらりとアヤのいる方角に視線を向けた。
アヤのそばには、エセリンドが連れていた少年がいる。イルシアはライラにその少年の相手を任せたいと言っているのだろう。
たった今ここへたどり着いたばかりのイルシアの方が、全体の状況を把握できている。ライラは自分が未だに正常な判断ができるだけの精神状態にないのだと気づかされて、愕然としてしまう。
「わかったわ。その女のことは任せるわよ」
「言われなくても黒焦げにしてやるよ!」
イルシアはさらに大きな炎を槍に纏わせてエセリンドに向かっていった。ライラはそれを見送ってから、アヤを救おうと動き出す。