すっかり日が暮れて、月明かりがうっすらと周囲を照らしている。
薄暗い森の中は、何とも言いようのない不気味な雰囲気がただよっている。
「……一人で来なさいって伝えたはずだけど?」
湖のほとりに佇んでいたエセリンドが冷たく言い放つ。
昼間に会ったときのように、彼女は少年の肩にもたれかかって気だるそうにしている。
そんなエセリンドの足もとにアヤが倒れていた。
エセリンドがにやにやと嫌な笑みを浮かべて足先でアヤを小突く。それを見たライラは、アヤを救い出そうとして慌てて馬から飛び降りた。
「大丈夫です! 息はありますから、気絶しているだけです!」
「────っ⁉」
ライラに続いて馬から降りたエリクが、大きな声を上げた。エリクはそのままアヤの元へ駆け出そうとしていたライラの腕をがっしりと掴んで、その場に引き留める。
「……あ、ありがとう。どうにも冷静でいられなくて……」
エリクの声にはっとしてライラが顔を上げたとき、エセリンドの手元がぎらりと妖しく光った。
それは長く伸びた鋭い爪だった。エリクに止められずにアヤの元へ向かっていたら、確実に危害を加えられていただろう。
ライラは背筋がぞっとして身体を震わせた。即座にエリクに礼を言うと、エセリンドがライラを馬鹿にするように笑いだした。
「ふふふふふふ。ガキが絡むと理性が保てなくなると言うのは本当だったみたいねえ。あーあ、そのままこちらに突っ込んできていたら、八つ裂きにしてやったのに……」
ライラは胸に手をあてて、自分の気持ちを落ち着かせようとする。
深く息を吸い込んでからゆっくりと吐きだすと、エセリンドに話しかけた。
「……たしかに一人で来いと書いてあったわ」
ライラはエセリンドの放つ雰囲気に負けないよう、わざとらしく困惑した表情を作った。
「でも、宛名はなかったのよ。だからね、あれは私に向けた言葉かどうかは判断できないわ。そうよねえ?」
ライラは頬に人差し指を当てながら首を傾げると、エリクに同意を求めた。
「ありませんでしたね。どこに来いとも明確に書かれていなかったはずですよ」
「そうよね。一人で来いと伝えたはずだなんて、そんな風に私が責められるのはおかしいわよねえ」
エリクもライラに合わせてとぼけた仕草をするので、エセリンドは気分を損ねたのか顔を歪めた。
「……へえ、そう。ここまで来ておいてそういう態度に出るのね。このガキがどうなってもいいのかしら?」
エセリンドが倒れているアヤの身体に足を乗せる。
ライラはそれを見て怒りの感情が爆発しそうになるが、今度はエリクに肩を掴まれて我に返った。
ライラはもう一度ゆっくりと深呼吸してから、エセリンドを睨みつけて口を開く。
「一体どこのどなたが私のことをあなたに吹き込んだのかしらね。是非教えて頂きたいわ」
「──っは、そんなことをあなたに言うと思うの?」
エセリンドがそう言うと、ライラたちの背後に何者かが現れる気配がした。