「──っはい!」
マスターに声をかけられたイルシアが、元気よく返事をして槍を構えた。
イルシアは満面の笑みを浮かべている。今すぐにでも、こちらに飛びかかってきそうだ。
「ちょ、ちょっと待ってちょうだい!」
ライラはイルシアを止めるために慌てて声を上げた。
「もう一度だけ確認をさせてね。戦わずにコインを渡してもらうっていうのは、ないのかな?」
「ないな!」
ライラの問いかけはイルシアに即座に否定されてしまう。
「まあまあ、そんなことは言わずにね。だってね、ここで私たちが戦ってもあまり意味がないじゃない?」
「んなことを俺に言われてもなあ。俺はお前がコインのことに気がついたら、戦えって言われているだけだしさー」
「んん、そっかあ。そうよねえ」
ライラは何とかしてイルシアを言葉で丸め込もうとしてみる。
しかし、イルシアは早く戦いたくてしょうがないのか、面倒くさそうに返事をするだけだった。
ライラはイルシアの説得を諦めて、マスターへと視線を向ける。
「ねえ、マスター。この指示を撤回する気はないのかしら?」
「ないですねえ」
笑顔であっさりと答えられて、ライラは顔を引きつらせる。
「まったく、さっきから何なの? 私を怒らせたいってことだけはわかるけれど、それで何をさせたいわけ?」
ライラがそう尋ねると、マスターは鼻で笑って腕を組んだ。
「単純に今のあなたの実力が知りたかっただけです。怒らせたほうが力を発揮してくださると思いました」
「そう、それは残念ね。私は簡単に取り乱したりしませんわ」
ライラが正面からマスターをぎっと睨みつけると、彼は両手を上げて降参の意思を示した。
「あなたのことが知りたいのは本当ですが、それよりもあなたには是非イルシア君の実力を見ていただきたいのです」
「…………イルシア君の実力を私が見るの? これって冒険者登録試験でしょう。逆じゃないかしら?」
ライラは胡散臭そうにマスターを見る。
すると、彼は今さら真面目な顔をして話だした。
「あなたには、イルシア君の指導をお任せしたいのです」
「……指導って、それはまたどうしてそんなことをおっしゃるのかしら。彼には彼の師匠がいるはずでしょう?」
精霊の見える者は、そうとわかると精霊術師の元へ修行に行く。
精霊術師の多くは幼いころから師匠の指導を受け、十代の中頃には独り立ちをするのだ。
イルシアはファルから聞いた話だと16、7歳だろう。師匠からの指導を終えて独り立ちをしているはずだ。
「イルシア君の精霊術は独学なのです。今まで誰かの指導を受けたことはありません」
「──っえ、独学⁉」
ライラはマスターに聞いたことが信じられず、おもわずイルシアを見た。
「なあ、いつまで二人で話しこんでんだよ! 早く戦おうぜえ」
イルシアにはこちらの話が聞こえないらしい。
待ちくたびれて不貞腐れた顔をしている。ライラと視線が合うと拗ねたように唇を尖らせた。