最悪だ。
結婚式に招待されていたのは、基本的に侯爵家絡みの関係者だけだ。
せっかく誰も自分のことを知らない土地でやり直そうとしているのに、侯爵家ゆかりの者など今は一番会いたくなかった。
「駄目ですよ。離婚時の取り決めはきちんと守らなければ……」
「取り決めって、どうしてあなたがそんなことまで知っているのよ⁉」
ライラは驚きのあまりマスターの襟元を掴んで詰め寄った。
マスターはライラの必死な顔を見て声を出して笑う。
「あははははは! そりゃあなた、ずいぶんと必死に探されていましたからねえ」
「私が探されていたの? いったい誰に⁉︎」
まさか元夫に探されているのかと、ライラは心配になってしまった。
マスターの襟元を掴んでいる手に力が入る。
しかしそのとき、近くから大きな鈍い音が聞こえて話が中断してしまう。
「おや、人からコインを奪いとると言っていたくらいなので、腕には自信があったのでしょうけれど……」
「あの男とイルシア君ならこうなるでしょう? わかっていて止めないのはマスターとしてどうなのですか」
音のした先では八番の男が倒れていた。
イルシアに戦いを挑んで、あっけなく敗れたようだ。
ライラとマスターがあきれ果てていると、ファルが倒れ込んでいる八番の男に駆け寄っていった。
彼女はしゃがんで八番の男の状態を確認すると、マスターに向かって両手で大きくバツ印を作った。
「やれやれ。初の脱落者ですね」
そんなことをマスターが呟いていると、森の中から大きな破裂音が聞こえた。
「おや、他の受験者たちも始めましたね」
マスターが顔をしかめながら、音のした方角へと視線を向ける。
あきらかに森の中で誰かが戦闘をしている音だ。
「……まったく。奪い合いなどしなくても、見つけたコインを大人しく交換し合えば仲良く合格できる簡単な試験なのに、もったいないわね」
ライラがぼそりと言うと、マスターが首を横に振った。
「その通りですねえ。これは困りました」
「……あの、それよりも誰が私を探していたのですか?」
八番の男の間抜けな姿を見ていたら気持ちが落ち着いてきた。
ライラはマスターからそっと手を離して冷静に尋ねる。
「そりゃあなた、中央のお偉方ですよ」
マスターが乱れた襟元を整えながら語り始めた。
「あなたは離婚後に暮らす場所として、クロードが用意した土地に行かずにここに来たのでしょう?」
「ええ、そうよ。それが何か? あの人とはきちんと別れたのだから、世話になる理由がないもの」
「それが何かじゃないのですよ。あなたほどの貴重な能力者がどこにいるのかって、重要なことなのですから」
マスターはどこからか冒険者プレートを取り出して、ライラに見せつけてくる。