「はあ? てめえが俺からコインを奪い取れると本気で思ってんのかよ」
イルシアが八番の男を馬鹿にするように言った。
すると、まだ近くにいた先ほどの男が、イルシアをたしなめるように笑顔で声をかける。
「こらイルシア、言葉には気をつけなさい」
「……ッチ、面倒くせえ」
イルシアは男の言葉にばつが悪そうに舌打ちをする。
男はすぐにそのイルシアを態度を咎めた。
「そういうところがよくないんだ。もう少し自制しなさい」
「……あーはい。すんませんマスター。気を付けます」
「うんうん。素直に謝ることができるのは良いことだ」
男に強く言われてイルシアは不満そうに謝罪をする。
ライラはイルシアの態度に若さを感じて微笑ましく眺めていた。
しかし、すぐに気持ちを切り替えると、真面目な顔をしてイルシアがマスターと呼んだ男に身体を向けた。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありませんわ。あなたがこの街の組合のマスターだったのですね」
ライラはマスターに向かって頭を下げる。
上の立場の者だろうとは思っていたが、マスターとは意外だった。
普通はマスターほどの立場になれば、現場にはなかなか出てこない。冒険者登録試験となればなおさらだろう。
どうしてマスターが冒険者登録試験の会場まで足を運んでいるのだろうか。
ライラが疑問に思っていると、それまで落ち着いた態度を取っていたマスターがくすくすと笑いだす。
「くくく、本当ですよ。挨拶が遅すぎます。おかげで大変だったのですから、あははは!」
とうとうマスターが腹を抱えて笑い出したので、周囲にいる監督役の冒険者たちが戸惑っている。
ライラも突然のマスターの態度に困惑しながら声をかけた。
「あの、えっと……。ど、どうかされたのでしょうか?」
「いやいや、どうかしたかって……。それはこちらの台詞ですよ。私のところにすぐ挨拶に来てくれれば面倒なことにならなかったというのに」
マスターはひとしきり笑い終えると、深呼吸をしてから悲しそうな顔をした。
つい今しがたまで声を上げて笑っていた人物とは思えないほど、がらりと雰囲気が変わる。
「……ああ、残念だな。君は私のことをまったく覚えていないようですね」
「あ、いや。見覚えはあるのですが、お名前までは……。その、えっとー……」
マスターは正面からしっかりとライラを見つめてくる。
やはり知り合いだったのかと、ライラは焦り出す。
視線を逸らすこともできずに、じっとマスターを見つめ返しながらどこで会ったのか必死になって思い出そうとする。しかし、どうしてもわからない。
「まあ、思い出せないのも仕方がないですよ。私はたくさんいた招待客のうちの一人ってだけですから。言葉を交わしたのも挨拶だけですしね」
「……え、招待客?」
ライラが思いがけない言葉に首を傾げると、マスターが目の前までやってきた。
彼は腰をかがめると、ライラの耳元で囁いた。
「君とクロードの結婚式」