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第6話

「ちょっと待ってくれ!」


 ライラが店の扉に手をかけようとしたところで、背後から声がかかった。

 その声に足を止めて振りかえると、目の前にはイルシアが立っていた。


「あら、何かしら?」


 イルシアはライラをじとっと睨みつけながら腕を組んでいた。


「……アンタのことは、すげえムカつくけど……」


 イルシアは組んでいる腕に力を入れている。爪がぎりぎりと肌に食い込んで痛そうだ。

 ライラには、イルシアがその痛みで自分の感情を押さえつけているように見えた。


「……アンタは、一応は試験の受験者だし……。試験終了まで受験者の動向を見守ることは、俺らの仕事なんだよな」


 イルシアは震える声でそう言いながら、力強くライラを睨みつけてくる。彼の緋色の瞳が、怒りでゆらゆらと揺れながらライラを捕えている。

 背筋がぞくっとした。イルシアには視線だけで相手を制するだけの迫力がある。


「あら。受験者の世話って、試験監督的な意味合いが含まれていたのかしら?」


「ああ、そうだ。別に四六時中ついて回っているわけじゃないが、素行調査も仕事のうちでな。──ったく、ここで会っちまったものはしょうがない!」


 睨みつけてくるイルシアに涼しい顔で微笑みかける。ライラは今ごろになって彼のことをじっくりと観察してみることにした。


 自身の身長よりもはるかに長く大きな槍を背中に携えたイルシアは、おそらく年の頃合いは十代後半といったところだろう。

 これほどの若さで、冒険者組合から登録試験の試験監督を任されていると彼は言っている。つまり、それだけの実力が彼にはあり、組合上層部から目をかけられているということだ。


 組合での周囲の冒険者たちの様子からしても、イルシアが嘘をついているとも思えない。そして何よりも、ライラの短剣を手にして何でもないように馴染むと言ってのけたのだ。


「……まあ、そうなのね」


 ライラは目を伏せて片手を頬に当てると、落ち込んでいるような素振りでつぶやく。


「……それで、しょうがないってどうするのかしら? 素行不良とでも組合に報告を上げるのかしらねえ。ふう、それは困ったことになったわ」


「アンタはどうせ他の店に行っても同じことをするだろう。それでまた揉め事を起こされたら、監督役のこっちは迷惑なんだよ」


 イルシアはそう言うと、ライラがまだ手に持っていた短剣を奪い取った。イルシアはそのままマディスの元まで乱暴に歩いて行き、カウンターの上に短剣を叩きつけるように置いた。


「おい、おっさん! 本人がいらないってんだから、遠慮せずもらっておけよ!」


 イルシアが我慢していた感情をぶつけるようにマディスを怒鳴りつける。

 マディスは目の前で喚いているイルシアに迷惑そうにしながら、ぎろりとライラを睨みつけてきた。


「……まあ、そうだな。アンタが問題を起こしてファルの評価に傷がついても困るしな。いいぜ、これで取引してやる。あとからやっぱりやめたなんて言うなよ!」


 マディスはしばし間を置いてからぶっきらぼうに言った。


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