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第3話

 ライラは様子のおかしいファルを気にしないようにしながら、彼女の目を見つめてはっきりと言った。

 ファルはライラの言葉を聞いて、それまでの様子が嘘のようにしゃきっと背筋を伸ばして落ち着いた雰囲気を醸し出す。彼女は一瞬だけ何かを考えている顔をしてからカッと目を見開くと、ぐいっと顔を突き出してライラの顔を覗き込んできた。そして、ライラの目をしっかりと見つめながら、驚愕の声を上げた。


「い、一式ですか! そ、そそそ、それって防具も武器も全部ってことですかあ⁉︎」


「おいおい、まさかとは思うが三日後の試験を新しい装備で受けるつもりなのか? 慣れない物は危険だぞ」


 ファルの声にかぶせるように、イルシアも声を上げる。


「ええ、その通りよ。持ち合わせがないから、揃えないと試験に挑めないのよ」


 ライラはにっこりと微笑みを浮かべながら、若い二人の問いに答えた。ファルとイルシアは互いを見つめ合って黙りこんでしまう。

 すると、それまでやり取りを見ていただけのマディスが口を開いた。


「……えーっと、なんだ。どうやらお前さんはうちの娘とは顔見知りらしいな。んで、今度の冒険者登録試験に挑むために、得物から防具まで全て揃えて欲しいっていうのかい?」


 マディスはカウンターに肘をついたまま、じろじろとライラを眺めて問いかけてくる。ライラは彼が何を考えているのか想像がついたが、気が付かないふりをした。


「ええ、おっしゃる通りですわ」


 にこにこと笑っているライラを、マディスは胡散臭そうな顔をして見つめてくる。ライラはお小言でも言われてしまう前に、さっさと用件を伝えてしまおうと切り出した。


「そこで、ご店主のマディスさんにご相談があるのですわ。支払いは現金ではなく、これでお願いしたいのですが……」


 いかがでしょうか、とライラはさきほどルーディに突き付けた短剣を取り出してカウンターに置いた。


「はあ? アンタ支払いを現金じゃなくて物々交換しようってのかよ」


「あ、え、ええっと。あのう……」


 イルシアとファルが、短剣とライラを交互に見ながら困惑した顔をしている。

 マディスはライラに疑わしい視線を向けながら、カウンターの上の短剣を手に取った。しかし、彼が短剣を持ち上げた途端、その表情が驚愕に染まった。


「なんじゃこりゃ。軽っ!」


 マディスはおもわず立ちあがって短剣を鞘から抜くと、刀身をまじまじと眺める。


「それなりに値が張る品よ。できれば引き取って欲しいのよね」


「いやいやいや、それなりって。今うちにある一番良い品物だってこれの足元にも及ばないぜ」


「あらよかった。だったら物々交換でも問題ないわよね?」


「問題あるだろう! これの素材はミスリルだろうが!」


 マディスはそっと短剣を鞘にしまって丁重にカウンターの上に置くと、ライラに力強い視線を向けてきた。


「この短剣じゃ取り引きできない。今のうちには見合うだけの物がねえ。支払う金がねえってんなら帰ってくれ」


「…………あら、そうですか。でしたら仕方ありませんわね。現金でお支払いいたしますわ」


「おい、金があるなら最初からそう言え! なんだ、自慢か? ミスリルの短剣に釣り合う商品がなくて悪かったな!」


「そんなつもりはないわ。これは私にとっては不要なものなの。できることならばさっさと手放したいのですわ。…………ただ、それだけです」


 ライラは少しばかり気落ちしてしまい、顔を伏せながら言った。ファルはそんなライラの様子をうかがいながら、マディスにそっと声をかける。


「……ねえねえ、お父さんってばどうしてそう口が悪いの。その剣じゃ絶対に駄目なの?」


「お前は馬鹿か! さっきも言ったがこれの素材はミスリルだぞ。しかも、柄にはめ込まれた宝石には魔法が付与してあるんだ。魔術をかじっているならそれくらい気が付け!」


 父親にそう怒鳴られたファルは、カウンターに置かれた短剣に近付いてまじまじと見つめる。


「ええ、そうかなあ? そんな気配なんて全然感じないけどなあ……」


「この馬鹿娘が! よくそんなので冒険者が務まっているな」


 そうして、再びマディスとファルの言い争いが始まる。そんな二人を呆れた顔をして横目で眺めながら、イルシアが短剣を手に取った。

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