ライラはルーディから渡されたメモを持って、街のとある裏通りを歩いていた。
「……えっとー、この先の突き当りを右で……。これ本当に合っているのよね?」
自分にだけ聞こえる小さな声で確認するように呟きながら、狭い路地裏を進んでいく。
ライラはルーディに教えてもらった鍛冶屋へと向かって、不安に駆られながら歩いていた。
「腕はたしかだって話だけれど、本当にこんな路地裏にお店なんてあるのかなあ」
ライラは狭い道を塞ぐように置かれた木箱の山を避けながら、ますます不安になる。
再度メモに書かれた地図を確認しながら、慎重に突き当りを右に曲がった。
すると、ようやく目の前に小さな看板が見えたので、ほっと胸を撫でおろす。
「よかった。ちゃんとこの通りにはお店があるのね」
ライラは看板の前で腰を屈める。
メモに書かれた店名と見比べて確認しようとしたのだが、その姿勢のまま眉間に皺を寄せる。看板に書かれている店名が薄汚れていて読みにくいのだ。
「──っげほ、か、看板の字が……げほげほっ、ボロボロで読めないわね」
ライラは看板の埃を手で払ってみた。
しかし、舞い散った埃にむせただけで読みにくさは何一つ変わらなかった。
「鍛冶屋マディス……なのかなあ?」
看板に顔が触れるのではないかというくらい近づけて、なんとか書かれている文字を確認しようと試みる。
「……でもなあ、この通りで看板が出ているのはここだけだし。合っていると思うのだけれど……」
看板が目印、と二重線の引かれたルーディのメモに視線を落としてから、周囲をきょろきょろと見渡してみる。
やはり看板らしきものが出ているのは、目の前の建物だけだった。
「……はあ……。迷っていたって何も始まらないしね」
ライラはため息をついてメモをポケットにしまう。おそるおそる目の前にある建物の扉をゆっくりと開いた。
「ごめんください」
扉を開け中に入ると、視界に入ってきたのは壁や棚に無造作に置かれた無数の武具だった。
ライラはここが鍛冶屋であることは間違いなさそうだと判断する。
しかし、扉に鍵はかかっていなかったものの、人の姿は見当たらず営業をしている雰囲気ではなかった。
ルーディは人の姿が見えなければ店内で大声を出せと言っていた。
そうすれば、そのうちに店主のマディスがひょっこりとやってくるはずだと──。
いつまでも突っ立っているわけにもいかないので、ライラは覚悟を決めてその場で叫び出した。
「ごめんくださーい! 誰かいませんかー? マディスさーん!」
大声で叫ぶが、しばらく待っても物音ひとつしない。
ライラは大きく息を吸ってもう一度叫ぼうと腹に力を入れた。
すると、今しがた自分が入ってきた店の扉が勢いよく開いた。
ようやく店主の登場かと思ったが、店の扉から姿を現したのは別の人物だった。
なんと、冒険者組合で声をかけてきたイルシアとファルの若い冒険者の男女二人組だったのだ。
ここが鍛冶屋であれば、冒険者が客として訪れることもあるだろう。しかし、この二人と出くわすともおもわず、ライラは内心とても驚いていた。
それはイルシアとファルの二人も同様だったようだ。
店内で叫ぶライラの姿を見て、扉を開けた格好のまま揃って固まってしまっている。
ライラはそんな二人の様子を眺めながら、この街はあまり大きくはないのかもしれないなと考えていた。
「あらまあ、イルシアさんにファルさんじゃないですか。奇遇ですね」
ライラは固まったまま動かない二人に、気を取りなおして笑顔で声をかける。その声でイルシアがびくりと身体を震わせた。彼は罰が悪そうに顔を歪めると、気怠そうに口を開いた。
「……なんでアンタがこんなところにいるんだ?」
「それはもちろん装備品が欲しくて来たのだけど……。誰もいらっしゃらなくて困っていたのよ」
ライラはイルシアの質問に店内を見渡しながら答えた。
すると、イルシアは罰が悪そうな表情のまま、店の中をずかずかと歩きだす。彼は無言のままライラの目の前を勢いよく突っ切っていくと、店の最奥にあるカウンターへと向かっていった。
イルシアはカウンターにたどり着くと、慣れた手つきて飛び越えて中に入る。そのまま彼は店内からは見えない店の奥へと姿を消してしまった。
「──え、ええ! これっていいのかしら?」
その場に残ったファルにライラが声をかけると、彼女は呆れたような表情を浮かべて頷いた。
そのとき、店の奥からイルシアの怒鳴り声が店内にまで聞こえてきた。
「おい、おっさん! 客が来ているぞ」
ライラからは見えない店の奥で、イルシアともう一人の人物が言い争う声が聞こえ始める。
「……ええ、何事? 本当にこれでいいの?」
ライラはファルにもういちど声をかける。彼女はやはり呆れたように頷くだけだ。
店の奥からは、イルシアと低い男性の声が聞こえ続けている。
ライラはどうすることもできず、ファル同様に口を結んだ。
そうして、二人の男の言い争いが終わるのを、ただじっと待ち続けた。