「──さて、あらためて自己紹介をさせてもらうね。私はルーディ!」
一階の食堂につくなり、ライラはルーディになかば無理やりカウンターの椅子に座らされた。
ルーディは戸惑うライラの隣の椅子に腰かけて、明るく自己紹介をはじめる。
「それで、そっちがうちの旦那のジークよ。愛想は悪いけど、悪い人じゃないから。よろしくね!」
ルーディの声に合わせるように、ライラの目の前に湯気の立ったカップが置かれた。
ライラがカップから視線を上げると、厨房の中にいるジークが目で挨拶をしてきた。
彼は無表情でこちらをじっと見つめている。表情からは何を考えているのかまったく読めない人物のようだ。
この夫婦は正反対の性格をしているのだなと、ライラは思った。
妻のルーディはよく喋り天真爛漫な振る舞いをするが、夫のジークは寡黙で職人気質のようだ。
「よろしくお願いいたしますわ。私はライラと申します」
ライラが挨拶を返すと、ルーディは夫に出されたカップに口をつけて一息ついてから話し出した。
「あのね、私は兄さんからアンタが宿無しで困っているようだからしばらく泊めてやってくれ、としか言われてないのよね」
ルーディはそこまで話して、もう一度カップに口をつけてお茶を飲んだ。
そして、はあと大きく息をついてから続きを話し出す。
「あの部屋はずっと空き部屋で持て余しているからさ。空き部屋の掃除って案外と骨が折れるから、貸すのは構わないの。だけどさ、ライラさんはどれくらいこの街にいるつもりなの?」
ルーディはトゥールそっくりの笑い方をして尋ねてきた。
さすが兄妹だなと感心しながら、ライラは小さく笑う。
「…………ライラで結構ですわ」
「んじゃ、私のこともルーディでいいよ。一つ屋根の下で暮らすのに、
ルーディの眩しい笑みに、ライラは視線を逸らしながら目の前のカップを両手で握って考える。
嫁入りしてからさんざん矯正された言葉遣いを指摘されて、ライラは困惑しながら答えた。
「……そうです、ね……。どれくらい、とは決めてはいないのだけど……」
とりあえず元夫や顔見知りの人々がいる土地から離れる。
冒険者として新たに生活をしていく基盤をつくる。
ライラはそれくらいしか考えていなかった。
離婚したいと常々思っていたはずなのに、その後の生活については具体的な計画を何一つ考えていなかったと思い知らされる。
本当に無駄な時間を過ごしていたなと猛省する。
「…………はあ。とりあえず冒険者登録試験に受からないと何とも言えない、かなあ」
カップを覗き込み、そこに映った自分の顔を見ながらライラはため息をついた。
「いつまで、とはすぐにわからないな。冒険者としてきちんと依頼をこなせるようになるまで、としか今は……」
ライラが自嘲気味に笑いながらぽつりぽつりと話していると、隣にいたルーディが手にしていたカップをカウンターの上に落とした。
ゴンと鈍い音が鳴り、カップの中に入っていたお茶がこぼれてライラの着ていた服の裾にこぼれる。