トゥールが案内してくれたのは、街の表通りから一つ奥まった通りにある店だった。
中に入るとけして広いとはいえない店内ではあったが、ほとんどのテーブルが客で埋まっている。定食屋の昼時とあって、活気にあふれた明るい雰囲気の店だ。
そんな店内の雰囲気を象徴するかのような、小柄な女性の従業員がいる。彼女は快活な空気を身にまとい、ホールをせわしなく動き回っている。
その女性従業員がライラたちの入店に気がつくと、満面の笑みでこちらに近付いてきた。
「いらっしゃいませ! 奥の席にどうぞ……って、兄さんじゃないの! やだあ、いつ帰ってきたの?」
女性はトゥールの姿を見るなり、目を大きく見開いて兄さんと言った。
「こいつは俺の妹でルーディだ。この店は妹が旦那と二人で経営していてな。味は保証するからじゃんじゃん食えよな!」
トゥールは誇らしげに笑いながら言った。彼は驚いている妹のルーディを放置して、一人で店内の奥に進んでいった。まるで、自分の店のように我が物顔でさっさと席に着いてしまう。
「……あ、はじめまして。ライラと申します」
ライラはトゥールに続いて席に向かってよいものか迷った。だが、まずは挨拶をすべきだろうとルーディに頭を下げる。
ルーディは来店してきたのが兄とその知り合いとわかると、笑顔をしまって苦い顔をしている。
「ああ、はいはい。兄さんのお知り合いなのね。私はルーディよ。きちんとご挨拶をしたいのだけど、今は忙しいから後にしましょ」
ルーディは早口でそう言いながら、ひらひらと手をふる。そのままライラを置いてさっさと別の客の元へ向かってしまった。
その一連の仕草に、どことなく兄のトゥールに近しいものを感じてライラは微笑んだ。
「……ったく、ルーディの奴。すまねえな、定食屋の昼時は稼ぎ時だから」
「ええ、それはわかりますわ。とても繁盛していて明るい雰囲気の素敵なお店だもの」
ライラは一人で先に行ってしまったトゥールに続いて、店の奥のテーブルに向かう。そこから店内を見渡して、しきりに感心してしまった。
客席から見える厨房には男性が一人いる。
その男性もルーディ同様にせわしなく動いている。次々に注文の入る料理をてきぱきと作り続けていた。
トゥールの発言から、おそらく彼がルーディの夫なのだろう。ルーディもその夫も、見たところライラとさほど年齢は変わらないように見える。
だというのに、夫婦二人で立派に店を切り盛りしている様子がうかがえる。
「夫婦二人三脚でこんなに立派なお店を経営なさっているだなんて……。尊敬してしまうわ」
ライラがそんなことをぼやいていると、ルーディが両手いっぱいに料理の乗った皿を抱えて近づいてきた。彼女はそれを満面の笑みでライラの目の前に勢いよく置いた。
「はいよー、お待たせ。本日のおすすめ定食です。じゃ、ごゆっくり!」
目の前に並べられたのは、大皿に盛られたメイン料理に、スープとサラダ、それからおかずの小皿が二皿もついた贅沢な定食だ。
あまりの量の多さにライラは固まってしまう。
そんなライラを放ったまま、トゥールは大きな声でいただきますと言うと、さっさと食事に手をつける。
ライラは、はっと我に返ると、勢いよく食事を続けるトゥールに慌てて声をかける。
「──っちょ、ちょっと待ってこれはなに? 私はまだ注文していないのだけれど」
「どうせ、お前はスープかサラダか、そんなものだけしか頼まねえだろうから勝手に選ばせてもらった」
悪びれずにあっけらかんと言うトゥールに、ライラは開いた口が塞がらない。
「ほらほら、遠慮せずに食えよ。今日の分はおごってやるから」
「……そ、それはありがたいお話だけれども……。私はこんなには食べられないわよ!」
「大丈夫だって。うまいからペロッと食べられちまうからさ」
美味しそうに食べ続けるトゥールを目の前に、ライラは途方に暮れる。
だが、せっかく出された料理に手を付けないのは申し訳ない。ライラはスプーンを手に取ってスープを掬うと口に運んだ。
「な、うまいだろう? いい店なんだ」
トゥールは笑顔で尋ねてくる。
その笑顔があまりに誇らしそうなので心が痛んだ。
「……ええ。とってもおいしいわ」
ライラはぎこちなく笑顔を浮かべて返事をした。
おいしいとは答えたものの、ライラには口にしたスープの味はわからなかった。