冒険者組合を出たライラは、街の通りをあてもなくふらふらと歩いていた。
そうしているうちに、今さらなことに気がついてしまった。
ライラはこの街の名前を知らない。
それどころか、どこの領主の土地で、国のどのあたりにある街なのかもわからない。
「顔見知りの領主さまのご領地だったら気まずいわよねえ。そんなに社交は得意じゃなかったから、顔見知りなんて数えるほどしかいないのだけれど……」
この期に及んでこんなことを考えてしまい、段々と憂鬱な気持ちになってくる。無計画に動きまわりすぎた。
「……ふふふ。もう住む世界が違うから、二度と会うことはないのだろうけれど……」
華やかな社交界の雰囲気を思い出して、ライラは自嘲気味に笑った。ただの平民が領主と会う機会など、そうそうあるはずがない。無用な心配をしてしまった。
「はーあ。とにかくあの人たちから離れて遠くに行きたいとしか考えていなかったのよねえ……。感情に任せてとんでもない行動をしちゃったわ」
早く一人で生計を立てられるようにならなくてはと焦っていた。馬車を降りて真っ先に冒険者組合に向かったことを、ライラは激しく後悔する。
今のライラは着替えくらいの荷物しか持っていない。
冒険者に復帰すると決めた以上、これからやらなければならないこと、用意しなければならない物がたくさんありすぎる。
何を優先的に進めるべきか──。
一度どこかに腰を据えて落ち着いから考えなければならないなと反省する。
「一か月も馬車に乗っていたから時間はたっぷりあったのに、何も考えられてないじゃない」
ライラはその場で立ち止まり、まずは滞在する宿を決めてしまおうと周囲を見渡した。
「……でもなあ。宿に行っても、この格好じゃ駄目かもしれないわねえ」
ライラは身に着けている服の裾を掴んで、通りの店の窓に映る自分の姿を見た。
窓に映るライラの後ろには、通りを歩く街の人々の姿も映り込んでいる。
その人々と比べて、あきらかにライラの服装は浮いていた。
いくら落ち着いたデザインとはいえ、王都で一番人気の仕立て屋のものだ。
最新の流行りを取り入れて、ライラ個人のためだけに特別にデザインをして作った一級品である。街中で際立ってしまうのは当然だ。
こうして客観的に自分の姿を見ていると、先ほどの冒険者組合でも物凄く浮いていたのだろうと恥ずかしくなってきた。
この姿のまま冒険者が定宿にしている宿泊所に泊まろうとすれば、また何を言われるかわかったものではない。
かといって高級宿に泊まるには、元夫からもらった金に存分に頼ることになってしまう。
そもそも、身なりの良い女が使用人も連れずに一人で泊まろうとすれば怪しまれる。
ただでさえこの国では女の立場は弱い。
軍に通報でもされたら、それこそ目も当てられない。下手をしたら、元夫に居場所がバレてしまう。
「…………はあ。とりあえず、まずは服だけでもどうにかしましょう。どこかに良い店はないかしら?」
ライラはため息まじりにぼやいた。すると、いきなり背後から元気な声をかけられて、飛び上がって驚いてしまった。