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第2話

 冒険者組合にはすぐにたどり着いた。


 初めての街、久しぶりの冒険者組合という場所に、ライラはほんの少しだけ入り口の扉を開けることをためらった。

 しかし、いつまで悩んでいても時間が無駄に過ぎるだけだ。ライラは背筋を伸ばして姿勢を正すと、入り口の扉に手をかけた。

 そのまま勢いよく扉を開く。

 結婚してからすっかり足が遠のいてしまっていた冒険者組合という場所だが、中に入れば昔とさほど空気は変わっていないように感じられた。安堵のため息をもらしながら、ライラは組合の中を進み受付へと向かう。


「こんにちは。冒険者登録の確認をしたいのだけれど、少しお時間よろしいかしら?」


 そう声をかけたライラに、受付嬢は驚いた様子で目を丸くしている。


「あれれ、ええっと……。ご依頼のご相談ではないのですか? それでしたらこちらの窓口ではないのですが……」


 受付嬢は困った様子でライラを頭の上から足の先まで眺めながら言った。


 ライラの服装は、王都の侯爵家の屋敷で用意した外出着だった。

 なるべく質素な物を選んでトランクに詰めたとはいえ、到底冒険者とは思えない小奇麗な格好である。

 そもそもが侯爵家の奥方が着るためにあつらえられたものなのだ。受付嬢が、どこぞのご婦人が冒険者組合に仕事を頼みに来たと思っても仕方のないことだろう。


 冒険者登録の確認が終わり次第、早急に装備を揃えなければと思いながら、ライラは口を開いた。


「依頼じゃないわ」


 ライラが首を横に振りながらそう答えると、受付嬢はさらに困惑した様子で首を傾げた。


「以前は冒険者として活動をしていたのだけど、もう何年もしていないのよね」


 ライラが続けて話す内容に、受付嬢はどうしたらよいのかわからないといった様子で視線を泳がせはじめる。


「冒険者としての活動を再開したいのだけど、数年間も活動実績がないと登録がなくなっているかもしれないと思いまして。それを調べて欲しいのですわ」


 ライラがそこまで話すと、受付嬢は眉を寄せていぶかし気な顔をした。彼女は少し何かを考えてからゆっくりと口を開いた。


「……はあ、登録がなくなっているかもですかあー……。えっとー、具体的にどれくらいの期間を冒険者として活動していなかったのですか?」


「そうね、だいたい五年くらいといったところかしら。ああ、ちょっと待って」


 ライラはそう言って、服のポケットに手を入れた。そこからある物を取り出すと受付のカウンターの上に置いた。


「念のために冒険者プレートを持ってきたの。こちらで確認していただけるかしら?」


 カウンタ―の上に置いたのは、ライラがかつて使用していた冒険者の証であるプレートだ。

 これでなんとかなるだろうと思っていたのだが、受付嬢の様子はライラが思っていたものとは違っていた。


「………………あのー、これが冒険者証ですか?」


 受付嬢はぽかんとした表情をしている。そのままライラの差し出したプレートを手に取ると、物珍しそうにまじまじと眺めはじめた。

 ライラは受付嬢の態度が理解できなくてどうしたものかと戸惑ってしまう。


 そこへ、受付を漂う微妙な空気を察してか、奥から白髪交じりの男性職員が顔を出した。

 その男性職員はこちらの様子を覗き込み、受付嬢が手にしている冒険者プレートに気が付くと、苦笑いをしながら近付いてきた。


「あちゃー、これは古いタイプの冒険者証だよ」


「ああ、やっぱりこれが昔使っていたっていうプレートなのですね! へえ、初めて見ました」


 受付嬢は男性職員の言葉を聞いて納得したような声を上げた。彼女はライラの冒険者プレートを手にしたまま大きく頷いている。


「……あの、古いタイプの冒険者証ってどういうことかしら?」


 受付嬢は疑問が解消されてすっきりしているようだが、まだ訳がわからないでいるライラは現れた男性職員に向かって尋ねた。

 すると、男性職員は頭を掻きながらへらへらと笑い、おちゃらけた様子で説明をはじめた。


「いやあ、何年か前に冒険者組合のシステムが大きく変わってね。冒険者の証がプレートからカードタイプに変更されたのさ」


 男性職員がそう言うと、受付嬢がすかさず手のひらサイズの小さなカードをライラに向かって差し出してきた。


「これが今の冒険者証です。どうぞお手にとってご自由に御覧ください」


 明るい笑顔を浮かべた受付嬢が差し出してきたカードを、ライラは遠慮なく手に取って確認をする。


「私が組合で働き出すときに受けた研修で、以前はこういうプレートが冒険者証だったと聞いていました。でも、プレートタイプの実物を見たのは初めてです。とっても勉強になります!」


「……そ、そうなの。以前いぜんねえ……」


 受付嬢はライラのプレートを顔の横に持ってきて無邪気に微笑む。


 受付嬢はおそらく十代後半だろう。

 そうなると、ライラより十は年下だ。肌に張りつやがあって瑞々しい。


 ライラが引きつった笑顔で受付嬢に返事をしていると、その横で男性職員の方は腕を組んで険しい顔をしていた。

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