ライラは侯爵家の屋敷を出たその足で、王都にある馬車の乗合場へとまっすぐに向かった。
馬車の乗り合い所は、多くの人が行き交っている。
ライラはきょろきょろと辺りを見回して、近くにいた馬車の御者に声をかけた。そして、王都から一番遠くの離れた街に行く馬車はどれかと尋ねる。
「いやアンタさ、一番遠いって言われてもなあ」
「あら、お金なら大丈夫よ。とにかくここから一番遠くへ……。私はここから少しでも離れた場所に行きたいのよ」
話しかけた御者は、怪訝そうな顔をして言葉を濁す。
どこからどう見てもライラは一人だ。女の一人旅は珍しいので、金の心配をされているのだと思った。
ライラは御者を安心させるように、にこりと優しく微笑む。クロードは離婚に際してライラがこれから生きていくには十分すぎるほどの金銭を用意してくれていた。そのため、懐には多少のゆとりがある。彼なりの
「ああいや。その、金とかじゃなくてなあ……」
「ねえ、一番遠くまで行く馬車はどれなのかしら?」
ライラに帰る家はない。
両親は幼い頃に亡くしてしまった。親戚くらいは探せばいるかもしれないが、会ったことはない。
帰りたい場所があるわけでもないので、馬車がたどり着く先なんてどこでもよかった。
ただ一刻も早く、ここから立ち去りたい。
「……ああ、えっとなあ。うーん、一番遠くまで行くのはあれだけどよ。お前さん本当に馬車に乗るのかい?」
「あの一番右にとまっている馬車ね。わかったわ、どうもありがとう!」
ライラはまだ何かを言いたそうにしている御者の言葉をさえぎって、教えられた馬車にためらうことなく飛び乗った。
これからの長い人生をどう過ごしていくのか、それを考えるには馬車旅はちょうどよいだろう。
ライラは王都を出てひと月ほど、ただひたすら馬車に揺られていた。
久しぶりの長時間の馬車移動だったので、身体に不調が出るだろうと覚悟していた。しかし、意外と大丈夫なもので、ライラは自分に感心してしまった。
背筋をぐっと伸ばしてから、ようやくたどり着いた街で馬車を降りた。
その足でまっすぐに冒険者組合へ向かう。
ひと月かけてじっくりと考え抜いた結果、結婚前まで生業としていた職業に復帰しようと考えたのだ。
慎ましく暮らしていれば一生生活には困らないように、クロードは金銭以外にも色々と配慮してくれていた。
とはいえ、さんざん好き勝手に浮気されて別れた元夫に用意された物に縋って死ぬまで生きるなど、どうしても嫌だったのだ。
ライラは結婚前までは冒険者をしていた。
しかも、それなりに高い評価を受けていた冒険者だ。
だからこそクロードには一人で生きていけるなどと言われてしまったのだが、そんなことは忘れることにする。
ライラが金を稼いで生きていくには冒険者しかないのだから──。