体裁を気にしてライラとの離婚を渋っていたクロードは、隣国といよいよ開戦するという事態にまで国情が傾くと、とつぜん考えを改めた。
隣国との戦となれば、クロードの地位と軍人としてのこれまでの実績から、彼の出兵はほぼ確実だ。
そのことを知った愛人が、帰宅してきたクロードに取り乱しながら詰め寄ったらしい。
万が一のことがあって戦地でクロードが命を落とした場合、自分はどうなってしまうのかとわめき立てたのだそうだ。
正式な妻であれば軍人である夫が亡くなれば国から補償がある。
それに、クロードは侯爵家の当主なのだ。いざとなれば夫人は領地で隠居することが可能だ。
しかし、愛人いう立場ではそんなことはできない。
それどころか、侯爵家の当主交代に伴い、屋敷の離れから追い出されることになるだろう。
どうか戦が始まる前に私を正式な妻にして欲しいと、愛人は泣きわめきながら訴えた。
ライラはどんなに愛人が妻にしろと訴えてみせても、クロードはこれまで通り体裁を気にして離婚をするつもりはないのだろうと思っていた。
ところが、愛人が暴れた翌日にクロードはいそいそと本宅のライラを訪ねてきた。
使用人から離れでの出来事を耳打ちされた直後だったため、ライラはひどく驚いたことを今でも覚えている。
クロードはライラの考えとは裏腹に、あっさりと離婚を切り出してきた。
「彼女は弱い人だから、守ってあげなくてはいけない。君は強いから、一人でも生きていけるだろう?」
そうライラに問いかけながら、クロードは分厚い書類の束を渡してきた。
その書類の束に視線を落としてライラは肩を落として笑った。
到底一晩で用意できるようなものではない。あまりに完璧な離婚に関する取り決めの書かれた書類だった。
クロードは体裁がどうのこうのと言って離婚はしないと口にしてはいても、いつでもそうできるように書類を用意していたのだとこのときに気がついた。
互いの愛情が冷め切っていたことを痛感した。
クロードの目の前で書類に目を通している間、ライラはあふれ出る涙が止まらなかった。
こぼした涙で書類の文字が滲んでいく。
クロードは愛人の涙にはほだされても、ライラの涙に気持ちを変えることはなかった。
それがどうしようもなく悲しかったが、そのことを伝えることすらできずに別れてしまった。