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第6話

 目の前には勝ち誇った顔の美しい女と、なんとしてもライラと視線を合わせないようにしているクロードがいる。


「では、これで書類上の手続きは全て滞りなく済みましたわね」


 ライラはそう言いながら、自らのサインが入った離婚の届け出をしっかりと確認をする。何度見直しても、書類に書かれている事実が変わることはない。


 ライラはこれで最後だと、もう一度だけクロードに視線を向けた。彼は目を伏せたままで、ライラの様子を気にかけている素振りはない。

 ライラは心の中でため息をついてから、届け出を立会人に差し出した。


「はい、確認させていただきました。クロードさまとライラさまの婚姻関係は本日を持って終了となります」


 立会人が離婚に関する全ての書類に目を通したあとに、大きく頷きながら事務的に言った。

 すると、それまで黙っていた女が満面の笑みを浮かべて流暢りゅうちょうに話し出した。


「まあまあ、それはようございます。それでは、さっそく私とクロードさまの婚姻の準備をはじめましょう」


 愛人だった女は、これまで見せたことのない無邪気な仕草でクロードの身体にもたれ掛かった。

 これでもかと仲睦まじい二人の姿を、ライラに見せつけてくる。


 ライラは、離婚の話し合いの場に愛人を同伴させる男などこっちから願い下げだと呆れながら、二人の様子を極力視界に入れないようにして席を立つ。

 そして、同じように呆れた顔をした立会人にしっかりと頭を下げると、その場をあとにした。


 本当に最後の最後まで、クロードはライラと視線を合わせてはくれなかった。


「……おかしいなあ、あんなに大好きだったのに……。一生そばにいるって誓ったはずだったのに、どうしてこうなっちゃったのかなあ?」


 ライラは腕を組んで頭をひねりながら、ついそんなことをぼやいて自室に向かった。


 自室にたどり着き、静かに扉を開けて中に入る。

 部屋の真ん中には、トランクケースが一つだけぽつんと床に置かれている。


 いつでも出ていけるようにと、以前からライラが準備をしてクローゼットの奥に隠していたものだった。

 いよいよ本当にこの屋敷から出ていくと決まって、クローゼットの奥から引っ張り出したのは今朝のことだ。


「まあ、庶民出の私が五年間も侯爵夫人をできたのは奇跡よね。平民と貴族の結婚なんて、最初から無理な話だったのよ」


 着の身着のままで侯爵家に嫁いできたライラには、屋敷を出ていくとなっても持ち出す荷物がほとんどない。

 トランクケース一つに収まりきる結婚生活だったのかと思うと、情けない気持ちが込み上げてきた。

 ライラはそんな思いを断ち切るように、それまでしていた結婚指輪を外した。


「今までありがとう。どうかいつまでも元気でいてください」


 指輪をテーブルの上にそっと置きながら、クロードにかけられなかった言葉をつぶやいた。

 そうしてライラは、最低限の生活に必要な荷物と着替えだけの入ったトランクケースを抱えて、五年間住んだ部屋をあとにした。


 ライラは人気のない廊下を静かに歩き、そのまま屋敷の正面玄関にむかおうとして、ふとその場で立ち止まった。

 もうこの屋敷の女主人ではないライラは、屋敷の正面玄関を使うことがはばかられたのだ。ライラは方向転換をして屋敷の裏口に向かう。


「……見送りはなしか。けっこう侯爵家の奥さまとして頑張っていたつもりだったけど、やっぱり平民出の女じゃ嫌だったのかしら。そりゃどこの馬の骨ともわからない女は嫌よねえ」


 ライラは誰もいない裏口の扉を見つめながら肩を落とした。



 だが、本当のところはライラが自身で思っているほど、使用人には嫌われていなかった。

 ライラが屋敷を去った日、彼女を慕っていた侯爵家の使用人たちは、元女主人を見送ろうと正面玄関に集まっていたのだ。


 しかしながら、人知れず裏口からこっそりと屋敷を出たライラがそのことを知ることはなかった。

 こうしてライラの五年に渡った結婚生活は幕を閉じた。

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