ガシャンと、何かが割れる大きな音が食堂の中に響き渡った。
耳をつんざくその音に、ライラは顔をしかめると食事の手を止めた。わずらわしさに舌打ちをしたい衝動に駆られたが、ふうと息を吐いてすぐに気持ちを落ち着ける。
不快に思っていることを誰にも悟られないように、きりっと表情を引き締める。ライラはしっかりと身構えてから、音のした方角に視線を向けた。
ライラの視界に映ったのは、一人の若く美しい女性の姿だった。
その女はせっかく整った綺麗な顔をしているのにもかかわらず、頬を紅潮させて醜く表情を歪めていた。
この女に、ライラは見覚えがある。
女の存在自体にはとりわけ興味もなかったが、いちど目にすれば忘れられないくらいの美しさを持っているので、頭の片隅に残っていたのだ。
なにやら激しく憤慨しているらしい美しい女を眺めながら、ライラは小さくため息をついた。
それからすぐにその女を視界から追い出して、視線を自分の足元へと落とした。
ライラの足元には、陶器の破片が飛び散っている。
絨毯は水で濡れて変色し、周囲には色とりどりの花が散らばっていた。
その惨状を見て、目の前に現れた美しい女が食堂の入り口に飾られていた花瓶をこちらへ投げつけてきたのだと理解した。
ライラは再びため息をつきながら、手にしていたカトラリーを机の上にそっと置いて、椅子の背もたれに身体を預けた。
すると、なにも言わないライラの態度に焦れたのか、女が声を張り上げながら、ずかずかと歩み寄ってきた。
「──ちょっとあなたねえ! そんな澄ました顔をしていないで、何とか言ったらどうなのよ⁉」
髪を振り乱して食堂の中を
ライラは、自分に向かって伸びてくる女の手を避けるでもなく、ただぼんやりと見つめていた。
女の手がライラの肩に触れようとしたそのとき、慌てた様子の使用人が二人ほど食堂の中に飛び込んできた。
使用人たちは食堂内の様子を目にして、さっと顔を青褪めさせる。この場で何が起きているのかを、瞬時に理解したらしい。
使用人の二人は顔を見合せて互いに大きく頷いてから、取り乱している女に飛びついて動きを封じてしまう。二人が食堂に姿をあらわしてからあっという間の出来事だった。
「アンタたち何をするのよ! ちょっとやめてよ! 離しなさいよおおおおお‼」
ライラが使用人たちの動きを眺めながら、息がぴったりだなと呑気に考えていると、女が大声でわめきだす。
女は使用人の二人にがっちりと身体を押さえつけられて、まったく身動きが取れなくなってしまっている。
女は自分にしがみつく使用人たちを、ふりほどこうとして暴れはじめた。必死の形相で身体を動かしているが、華奢な女一人では大人二人相手にどうしようもない。
女は悔しそうにうめき声を上げて身体を捻りながら、するどい視線でライラを睨みつけてくる。
使用人たちが身体を張って女を止めてくれたおかげで、彼女の手がライラの身体に触れることはなかった。
ライラは心の中でそっと安堵の息を吐きながら、若く美しい女のみっともない姿をただ黙って横目で眺めていた。
しかし、いつまでもこうしていたって仕方がない。
使用人たちは、ライラが指示を出さなければいつまでもこの場に女を拘束したままなのかもしれない。
ライラは女から視線を逸らし天井を見上げた。そこに施されたきらびやかな装飾を眺めながらゆっくりと腕を組むと、これからどうしたものかと考え始める。