二大災獣の目覚め
「ふむ、夢の中でそんなことが……」
鳥籠のような造形が特徴的なオボロの家にて。
オボロはミカから夢世界での戦いの話を聞きながら、その内容を逐一羽ペンで書き留める。
彼は書棚から古い文献を取り出すと、弓となって彼女を助けた白い鳥について記載されたページを見せた。
「それは恐らく、『ヤタガラ』かもしれんのう」
「ヤタガラ?」
「かつて初代カムイと共に戦った伝説の鳥じゃ。ミクラウド建国の祖とも言われておるのう」
「へえ。夢の中とはいえ、凄い奴に会ったもんだなぁ」
セイの感嘆に頷きながら、ミカは改めて弓を握った時の感覚を思い出す。
ミカは顔を上げ、セイたちに自分の考えを告げた。
「もし現実にヤタガラがいるなら、探したい。あの力があれば、もっとセイたちの力になれると思うから」
「何言ってんの。歌姫さんはとっくに俺たちの力になってるって」
「いや、ミカはもっと強くなるべきだ」
シンは珍しく、セイの意見に真っ向から反対する。
予想外の返答に戸惑うセイたちに、彼は自らの考えをぶつけた。
「あの時、ヤタガラが来なければ俺たちはやられていた。……強くなれミカ。兄の助けなど要らなくなるほどに」
「お兄ちゃん?」
ただならぬ決意が込められたシンの眼を、ミカはきょとんとした顔で見つめる。
セイは立ち上がると、仲間たちに元気よく呼びかけた。
「そうだ、みんなで特訓しようぜ! 二人とも、そろそろ体を動かしてえだろ!」
「うん。わたし、頑張る」
「手加減はしないぞ」
三人はオボロの家を飛び出し、庭で乱取り稽古を始める。
若さを燃やすセイたちの姿を眺めながら、オボロは温かい緑茶に口をつけた。
「青春じゃのう。まるで儂の若い頃のようじゃ……」
「大変ぜよ!」
特訓に明け暮れるセイたちの元に、リョウマが息を切らして駆けてくる。
彼は顔を青白く染め、警備中に見た信じられない光景を伝えた。
「大災獣が現れたぜよ!!」
リョウマはセイたちを連れ、大災獣を目撃した見張り台に急行する。
望遠鏡で大災獣の姿を確認して、シンが驚愕の声を上げた。
「なんだこれは……!?」
「何が見えたんだよ! 俺らにも見せろっ!」
「お兄ちゃんちょっとどいて!」
セイとミカはシンを挟み潰すようにして望遠鏡を奪い、互いの右眼で望遠鏡のレンズを埋める。
風を司る大災獣『白虎』の美しき体躯に、二人は危機的状況であることすら忘れて見惚れてしまった。
「グォオオオオオ!!」
白虎は咆哮を轟かせ、その背中から異質な紅い翼を生やして飛び立つ。
次の瞬間、ミクラウドの国土を形成する雲が有事を示す黒に染め上げられた。
「儂は防衛指揮を取る。リョウマは民間人の避難を頼む!」
「おうぜよ!」
オボロとリョウマはそれぞれの役目を果たすべく、見張り台を後にする。
兄妹と拳を突き合わせて、セイが力強く号令をかけた。
「俺たちもいくぞ、大災獣をぶっ倒すんだ!」
「おう!!」
セイとシンは見張り台から飛び降り、結界を擦り抜けて降下する。
吹き荒ぶ風を全身で浴びながら、二人は戦士となるための口上を叫んだ。
「超動!!」
巨神カムイとディザス、白虎は空中で交差し、目にも留まらぬ速さで激突する。
熾烈な空中戦の末、両者は防衛用の黒雲に囲まれた白く広大な雲に着地した。
「全戦力を持ってお主らを援護する。存分に戦えぃ!」
「ああ! ありがとうオボロ!」
飛びかかる白虎の爪を躱して、カムイは雷の大太刀を振るう。
ディザスにカムイを援護させながら、シンが作戦を指示した。
「何か妙だ。お前の最大の必殺技で、敵の手の内を探り出せ!」
「クァムァイ!」
「うん!」
カムイとミカは同時に頷き、力を蓄え始める。
襲いかかる白虎の爪牙を、ディザスが身を挺して受け止めた。
「セイっ!!」
ミカの歌声が、防衛用の黒雲に蓄えられた膨大な電力と共にカムイへと放たれる。
カムイは風雷双刃刀を構えて白虎に肉薄すると、渾身の一撃で白虎を天高く打ち上げた。
跳躍したカムイの進路上に黒雲が雷撃を放ち、高圧電流の輪を作り出す。
輪を潜って電気を纏うカムイの背を、ミカの想いが押した。
「神威一刀・超疾風迅雷斬り!!」
最大威力の必殺技が炸裂し、青い空に真紅の爆炎が広がる。
結界に守られているミカたちでさえも、その衝撃に思わず怯んだ。
「やったか……?」
確かな手応えを感じ、カムイは静かに目を開ける。
しかしカムイ最強の一撃を、白虎は炎の翼で受け止めていたのだ。
持てる力の全てを賭しても駄目なのかと、戦士たちの中に絶望が広がる。
重く冷たい静寂の中、シンがディザスを右腕に封じ込めた。
「カムイ! 今すぐ変身を解け!!」
「……シン兄さんの言うことだ。信じるぜ!」
このまま戦いを続けても、勝てる見込みは薄い。
ならばシンの奇策に乗ってやろうと、カムイはセイの姿に戻る。
ミカもまたシンに促され、雲に乗って戦場に降り立った。
「あいつはただの大災獣じゃない。見ろ」
シンは青と黄の宝玉を取り出し、白虎の体内に宿る宝玉と共鳴させる。
白虎の心臓部に宿る輝きは、『二つ』あった。
「奴は自分のに加え、残された最後の宝玉もその身に宿している。炎の大災獣・朱雀が持つべき宝玉を!」
「……そんな相手と、どうやって戦うの?」
「一つだけ策がある」
セイとミカの眼前に、シンは青と黄色の宝玉を差し出す。
青龍と玄武から回収したこの宝玉こそが勝利の鍵だと、彼は雄弁に語った。
「向こうに二つの宝玉があるなら、こちらにも二つの宝玉がある。この力で敵の宝玉を引き寄せ、無力化を図る!」
「綱引き勝負ってわけか。負けたら?」
「世界が滅ぶ」
「上等」
三人は頷き合い、シンを先頭に三角の陣形を組む。
シンは包帯を取り払って、宝玉にディザスの力を注ぎ込んだ。
「大いなる災いの獣よ。我が命の下、在るべき所へ還れ!!」
青と黄色の二重螺旋が白虎の心臓に突き刺さり、白虎が苦悶の叫びを上げる。
白虎の体から放たれた赤と緑の二重螺旋が、青と黄色のそれを押し返した。
「ふっ! ぐぐ……!」
長い競り合いの末、ついに赤と緑の宝玉が白虎の肉体から離れる。
しかしその反動でセイたちも転倒し、シンは青と黄色の宝玉を取り落としてしまった。
「ああっ……」
四つの宝玉が宙を舞い、重力に従って落下する。
白虎が核を失くして消滅したのと同時に、宝玉はシンの足元へと着地した。
遂に揃った四つの宝玉を、シンはゆっくりと拾い上げる。
シンが四つの宝玉に念を込めた瞬間、宝玉に封じられていた膨大な量の闇がミカ目掛けて襲いかかった。
「ミカっ!!」
シンは咄嗟にミカを突き飛ばし、その身で闇を受け止める。
差し伸べられた妹の手を払って、彼は力を振り絞り言った。
「いいんだ。これで全て分かる。俺たちの記憶を、完全に取り戻せる……!」
「お兄ちゃん!!」
「さらばだ、お前たち……」
押し留めようとするセイたちを物ともせず、闇はシンを扉の中に閉じ込めていく。
そしてシンの体を飲み込んで、扉が厳かに閉ざされた。
「お兄ちゃん……お兄ちゃん!!」
小さな肩を震わせながら、ミカは訳もわからずに泣き喚く。
ミクラウドの青い空に、悲痛な叫びが響いた。
––
変わらない願い
「わたしのせいで、お兄ちゃんが……」
「歌姫さんの責任じゃない! 大丈夫だから、落ち着けって!」
セイはそう言って憔悴するミカを宥めるが、彼も内心穏やかではない。
無理やりにでもミカをミクラウドに連れ帰ろうとしたその時、背後に獣の咆哮が響いた。
「なっ……!?」
消えた筈の白虎が蘇り、獰猛な目でこちらを威嚇している。
殺意を限界まで高めた白虎の全身が、深い闇色に染まった。
闇白虎は漆黒の電流を放ち、セイたちの立っている雲の足場を破壊する。
セイは落ちゆくミカの腕を掴むと、空いた左手で勾玉を掲げ叫んだ。
「超動!!」
セイ––カムイは掌にミカを包んで地上に立ち、彼女を岩陰に隠して闇白虎に向かっていく。
死闘に飛び散る火花が、シンの意識を覚醒させた。
「お目覚めのようだな」
「……貴様は誰だ」
「君に指令を出し続けてきた者だ。ああ、そういえば直接顔を合わせるのは初めてだったか」
意識を取り戻したシンに、白髪の壮年男性が高圧的な声をかける。
シンの四肢を縛る鎖に電流を流して、彼は淡々と死を宣告した。
「ご苦労だったなシン。貴様は立派に役目を果たした。ディザス諸共、永遠の眠りにつくがいい」
「何の……つもりだ……!」
「言葉通りの意味だ。生者も死者も大して変わらん。甘んじて運命を受け入れろ。ディザスの器としての運命をな」
「……運命だと?」
「ああ。冥土の土産に一つ教えてやろう。ディザスに秘められた真実を」
そして男は、シンに恐るべき事実を告げる。
電流に悶えながら聞いたその事実は、シンのこれまでの人生を根底から揺るがすものだった。
「ディザスと大災獣は、元々一つの存在だったのだ」
だからこそシンは宝玉の力を引き出し、過去の記憶を辿ることができた。
また大災獣が各々持つ属性は、ディザスのそれと完全に一致している。
しかし何故、ディザスと大災獣の存在は分かたれてしまったのか。
男は更に続ける。
「時は太古の昔、初代カムイの時代にまで遡る。初代カムイはソウルニエ人と協力し、最凶災獣『ディザスター』を封印した」
だがディザスターは死の間際、自身の力を宝玉として分離させた。
残された抜け殻を封印したソウルニエには、その後様々な災いが降りかかるようになった。
飢饉に疫病、天変地異。
このままでは他の国にまで被害が広がってしまうと考えたソウルニエ人は、遂に禁術へと手を出した。
生と死を逆転させる禁術に。
「死の世界を新たな故郷とした我々は、抜け殻……ディザスの研究を始めた。ディザスターを完全に消し去るために」
しかし、ディザスをいつまでも野放しにはできない。
問題解決の効率化を求めた上層部は、宝玉集めとディザスの制御を同時に行う術を求めた。
「とはいえ研究は極秘事項。少しでも痕跡が残らぬよう、
「ならば、何故ミカを生かしておいた」
「君のモチベーション維持のためだ。しかし今にして思えば、あれは失敗だった」
終わりなき実験の中で、シンは一つの決意を固めた。
ディザスの力で自分たちを苦しめる大人たちを抹殺し、ミカを生者の世界に逃がす。
そしてディザスを完全に制御した日、それは実行に移された。
「その時の衝撃で、君は記憶を失った。妹の手掛かりという人参を頭に吊るされた君は、実によく働いてくれたよ。……では、さようなら」
男はそう話を打ち切り、シンに背を向けて立ち去ろうとする。
遠くなっていく背中に、シンが吼えた。
「俺が運命の駒だというなら、それでも構わん。だが……妹だけは守る!!」
殺意の電流に身を焦がしながら、シンは懸命に抵抗を続ける。
彼は生命の灯を限界まで燃やして、体内のディザスに語りかけた。
「ディザス! 俺の全てをくれてやる。だからお前も、お前の全てを俺に寄越せぇ!!」
右腕の紋章が輝き、四つの宝玉がシンの肉体に入り込む。
シンの体内を溢れ出したディザスの力が、彼に規格外の進化をもたらした。
強靭なる膂力で鎖を砕き、四肢の鉄輪を引き摺ったまま歩き出す。
そして腹の底から咆哮し、生と死の世界を隔てる壁を切り裂いた。
「俺は! ミカの!」
シンは大きく跳び上がり、次元の裂け目に身を投じる。
押し寄せる時間の波を掻き分けながら、彼は不変の事実を叫んだ。
「お兄ちゃんだァあああああッ!!」
生者の世界に。妹の元に。
思念に呼応するかのように一筋の光が差し、混沌とした時間流を抜け出す道標となる。
シンの目指す場所では、カムイと闇白虎の死闘が未だ続いていた。
「ぐああっ!」
––否、それは死闘という名の蹂躙。
宝玉に加えて謎の力まで受けた闇白虎は本能のままに暴れ狂い、カムイを追い詰めていく。
そして鋭い一撃を腹に受け、彼はとうとう変身解除に追い込まれてしまった。
投げ出されたカムイ––セイの背中が、硬い岩場に叩きつけられる。
鈍い痛みを懸命に堪えながら、セイは怯えるミカに向かって叫んだ。
「歌姫さん逃げろ! 逃げるんだ!」
「でもセイはっ」
「俺に構うな! 二人ともやられちまう前に、早く!」
逃げるべきだ、とミカの生存本能が叫ぶ。
逃げたくない、とミカは心の中で答えた。
もしもここでセイを置き去りにしたら、一生の後悔を背負うことになってしまう。
ミカは一人で
「逃げるなら、セイと一緒に!」
「ああぁ……ちくしょォーッ!!」
セイは一切の反論を呑み込み、闇白虎に背を向けてひた走る。
しかし身体能力の差は覆せず、二人はついに闇白虎の爪の射程圏内へと入り込んでしまった。
罪人を処すギロチンのように、闇白虎はゆっくりと爪を振り上げる。
恐怖と絶望の中、ミカが一縷の望みを空に託した。
「助けて! お兄ちゃああああん!!」
彼女の祈りに応えて、漆黒の巨大戦士が姿を現す。
青龍の尾、白虎の爪、朱雀の翼、そして玄武の装甲。
大災獣の要素を全て備えた戦士の頭部には、双角が天を衝くように伸びている。
新たな戦士の背中を見て、ミカは正体を確信した。
「お兄ちゃん……!」
戦士は静かに頷き、シンと同じ構えを取る。
妹を想う心とディザス本来の力が重なり合い、誕生した新たなる巨神。
大切なものを守るため、仇なす全てを滅する荒御魂。
その名は、『超動勇士ディザスター』。
「ハッ!!」
ディザスターと闇白虎の爪がぶつかり合い、激しい嵐が周囲の木々を薙ぎ倒す。
更にディザスターは包帯の如く腕に巻きつけられた青龍の尾を伸ばして、闇白虎を強かに打ち据えた。
「グォオオ!!」
思わぬ反撃に闇白虎は怒り、漆黒の雷撃を乱射する。
ミクラウドの雲海すらも砕いた大技を、ディザスターは怯むことなく受け止めた。
「はあッ!!」
玄武の螺旋甲羅で攻撃を絡め取り、倍加して跳ね返す。
闇白虎が炎の翼で雷撃を躱すと、ディザスターもまた翼を広げて空に飛び上がった。
両者は一瞬にして高度数百メートルにまで上昇し、交差する火炎弾の紅が青い空に煌めく。
弾幕を掻い潜って肉薄したディザスターの蹴りが、闇白虎の腹に炸裂した。
闇白虎は地面に墜落し、大きな土煙を上げる。
決定的な隙を突き、ディザスターが必殺技を発動した。
「真・ディザスターカラミティ!!」
小型の螺旋甲羅を無数に撃ち込み、闇白虎の立つ足場を崩壊させる。
成す術なく崩れ落ちる闇白虎目掛けて、ディザスターは渾身の突撃を繰り出した。
風と炎と氷を融合させた純粋なる破壊力を纏い、体の全てでぶつかっていく。
そして白い爆炎に包まれ、闇白虎の肉体は完全に消滅した。
「シン!」
「お兄ちゃん!」
戦いを終えたディザスターに、セイとミカが駆け寄る。
抱きしめようとするミカを、ディザスター––シンは声を振り絞って制した。
二人がその真意を理解する間もなく、シンは大きく咳き込む。
口から溢れた赤黒い血が、地面に濁った染みを作った。
「……時間切れか」
シンとディザスの共生は、危うい均衡の上に成り立っている。
それを崩した今、ただの人間に過ぎないシンの肉体は急速に崩壊を始めていた。
膝から下が灰になり、シンは力なく崩れ落ちる。
それでも腕だけで這いつくばり、セイの脚を掴んで言った。
「セイ。認めたくないが、ミカを託せる男はお前しかいない。妹を、頼んだぞ」
「……シン」
セイへの遺言を伝えると、シンはミカに顔を向ける。
最愛の妹の顔を見た瞬間、シンの目に大粒の涙が溢れた。
「ごめん。ごめんな。お兄ちゃんらしいこと、全然してやれなかった」
ミカに抱き締められながら、シンはただ『ごめん』と泣きじゃくる。
涙すらも灰に溶けゆく兄に、ミカは最初で最後のわがままを叫んだ。
「嫌だ、逝かないでお兄ちゃん!」
「ミカ」
兄の指が、妹の涙をそっと拭う。
幼き日と変わらない想いを、シンは心からの笑顔で願った。
「どうか、幸せに……」
遂にシンの全てが灰となり、ミカの手をすり抜けて零れ落ちる。
掻き集めようとしたミカの髪を、乾いた風が靡かせた。
かつてシンだった灰は風に乗り、遥か遠くに飛び去っていく。
主を失くした神話の書が、風に煽られてあるページを開いた。
『これからどんな人に会えるのか、どんな物を見られるのか。……ああ、楽しみだ』