六人共同戦線
「では、改めて作戦を説明する」
大災獣が眠る峡谷地帯の砦で、ミリアが口を開く。
セイたち五人を見渡して、彼女はよく通る声で続けた。
「あの大災獣『玄武』に対抗する戦力の中核は、やはりカムイとディザスだ。セイ君とシン君は最前線に立ち、玄武と正面からぶつかってくれ。ミカ君はいつも通り、歌でカムイの援護を頼む」
「了解!!!」
「アラシ君は地上で兵士の指揮を。ユキ君はブリザードに乗り、空から敵の動きを探ってくれ」
「任せろ!」
「分かった」
「作戦の総指揮は私が執る。総員、作戦開始!!」
「了解!!」
ミリアの指示の元、五人は砦を飛び出す。
ユキを乗せたブリザードが飛翔すると同時に、玄武が休眠状態から覚醒した。
「総員攻撃開始! ぶちかませェ!!」
アラシの号令が響き、兵士たちの射撃が四方八方から玄武を襲う。
しかし玄武の堅牢な甲羅は、弾丸の雨を一つ残らず弾き返した。
「チッ、やっぱ硬ぇな!」
異常な防御力に舌を巻きつつも、アラシは兵士たちと果敢に攻撃を続ける。
奮闘の末、彼らは玄武の敵意を自らに集中させた。
「グォオオオ!!」
玄武はそれまでの硬い守りを捨て、外敵を排除せんと雄叫びを上げて爆進する。
戦局が動いたのを確認して、ミリアが花火を打ち上げた。
「超動!!」
花火の音を合図に、セイとシンはそれぞれの戦う力を発動する。
カムイとディザスの同時攻撃が、玄武の死角を突いて炸裂した。
「グォ!?」
玄武は砂煙を巻き上げながら横転し、柔らかい腹部を曝け出す。
露わになった腹部を目掛け、風雷双刃刀を振り上げた。
「これで終わ……っ!?」
カムイが玄武を両断しようとした刹那、玄武の腹部にエネルギーが集中する。
それは瞬く間に漆黒の奔流となり、猛烈な破壊力を持ってカムイに襲いかかった。
「クァムァアアイ!?」
カムイは大きくよろめき、ディザスを巻き添えにして倒れ込む。
シンが痛む右腕を押さえながら言った。
「こんな隠し玉があったのか。防御一辺倒かと思っていたが……」
「頑張って、セイ!」
ミカは神話の書を開き、カムイのための歌を歌い始める。
荘厳ながらも勇ましい歌を聞きながら、シンは胸の奥に懐かしさが込み上げるのを感じた。
「……ディザス、裂せよ!」
ディザスは太刀のように角を振るい、玄武をシンの雑念ごと切り裂く。
その隙にカムイは立ち上がり、今度は双刃刀を二つの武器に分離させて走り出した。
「その技はもう効かないぜ!」
風の御鏡の力で玄武を拘束し、雷の大太刀で一気に攻め立てる。
しかしカムイが玄武に肉薄した瞬間、玄武は攻撃を電流から爆発に切り替えた。
爆発の勢いで拘束を脱し、再び堅牢なる甲羅に身を隠す。
玄武の放つエネルギーを浴びて、螺旋状の甲羅が漆黒に輝いた。
「クァムァ!?」
玄武は甲羅をドリルのように高速回転させ、カムイ目掛けて真っ直ぐに突撃する。
反応が遅れたカムイはそれを正面から受け止めるが、玄武の力はカムイの想像を超えていた。
螺旋形状で強引に壁をこじ開け、力づくで突っ込む。
シンプルながらも圧倒的な攻撃を前に、カムイはとうとう膝を突いてしまった。
「まだだ! 俺が倒れたら、みんなが……」
大太刀を支えにしながら、カムイはドリル突撃の対策を考える。
青龍に弱点があったように、この玄武にも必ず攻略法がある筈だ。
硬い螺旋甲羅、腹部から放つエネルギー。
どうにか逆利用できないかと思索していた、その時だった。
「えっ!?」
玄武が地面に穴を掘り、その中に潜っていく。
呼び止める暇もないまま、玄武の姿は地底の闇に消えていった。
「この流れで逃げるのは無しだろお前! おーい!! ドローマの人聞こえますかー!」
穴に向かって叫んでみるが、自分の声が虚しく反響するばかり。
ディザスとミカ共々途方に暮れていると、砦から閃光弾が三発続けて撃ち出された。
「撤退せよ、か」
シンはディザスを体内に戻し、カムイも変身を解除する。
帰投した三人を、ミリアは笑顔で出迎えた。
「これでひとまずレンゴウの危機は過ぎ去った、礼を言わせて貰うよ。早速塔大に戻ってデータを……」
「大変だ!!」
ミリアの言葉を遮り、ユキとアラシが飛び込んでくる。
同時に喋り始める二人を、ミリアは冷静に制した。
「落ち着いて一人ずつ話したまえ。まずはアラシ君から」
「おう! 今穴が凄えことになってんだよ! ギャーッがドカーンでそしたらブワァアアアアってなってアチアチで」
「意味が分からん。次、ユキ君」
「玄武が大穴に潜った後、大穴から煙が噴き出したんだ。今も溢れ続けて、近隣一帯が霧に包まれたようになっている」
「……危険なガスの可能性があるな。急いで兵士たちに退避命令を出そう。君たちも、煙が収まるまで迂闊な行動は避けてくれ」
「ならば俺たちは、世界の滅亡を黙って見ていることになるな」
ミリアの慎重論に、シンが口を挟む。
ミリアは怒りもせずに尋ねた。
「それはどういうことだ?」
「奴は今も地底を掘り続けている。そして地底にある高熱源体といえば一つしかないだろう」
「……マグマか!」
「そうだ。マグマで地上を焼き尽くすことこそ、玄武の本当の狙いだ」
大災獣の目的を知り、セイたちに激震が走る。
アラシが両の拳をぶつけ合わせて言った。
「今すぐ飛び込もうぜ! 世界滅亡なんて絶対させるかよ!」
「私も賛成だ。但し、突入はセイ、ミカ、シンの三人だけで行う」
リスクを最小限に抑えるためにはそれしかない。
ユキとアラシは歯痒い思いをしつつも、理性で無理やりそれを飲み込んだ。
「セイ! てめえは俺のライバルなんだ。勝手に死んだら承知しねえぞ」
「あんたに心配されなくたって死なんよ」
「歌姫ミカ……無事なんて祈らないからな」
「大丈夫。ユキの気持ち、伝わってる」
「シン君、今微かに疎外感を覚えているであろう君を気遣って言葉をかける私の優しさが沁みたかい?」
「知らん」
託す者と託される者。
棘のある言葉の裏に確かな思いやりを感じて、三人は大穴へと出陣する。
煙の熱を感じるなり、シンはミカに青い勾玉を手渡した。
「そいつには強力な冷気が宿っている。熱から身を守る助けになろう」
「ありがとう、シン」
「礼などいい。行くぞ」
深い闇から漏れ出す煙の不快な熱気が、セイたちの体を包み込む。
乾いた風が吹き抜けた瞬間、三人は同時に飛び降りた。
「超動!!」
セイは勾玉を掲げてカムイとなり、掌にミカを乗せて落下する。
その横でシンはディザスを呼び覚まし、颯爽とその背中に跨った。
地底に眠る未知の脅威に、彼らは敢然と飛び込んでいく。
光も届かぬ深い闇が、静かにカムイたちを呑み込んだ。
––
蘇る記憶
ディザスが角の先に火を灯し、正面を照らす。
その灯を頼りに入り組んだ地底迷宮を進みながら、ミカは何気なく呟いた。
「不思議。地面の中にこんな大きな道があるなんて」
「玄武が掘り進めたんだ。あいつ、土建屋に就職すればいいのにな」
「無駄口を叩くな。今、ディザスが敵の気配を探っている」
口元に人差し指を当てたカムイたちを尻目に、シンは右腕から流れてくるディザスの感覚を読み取る。
もうすぐだ。
シンの命を受けたディザスが、体当たりで右側の岩盤を破壊した。
「いたぞ!」
今まさに地面を掘り進めている玄武の姿を見つけ、カムイとシンは同時に叫ぶ。
玄武は甲高い咆哮を上げると、腹部からの電撃でカムイたちを迎撃した。
距離を離せば怒涛の弾幕攻撃で制圧し、接近戦では攻防一体の螺旋甲羅で叩きのめす。
掘削を再開しようとする玄武を睨み、ミカが風の歌を激唱した。
「はっ!」
神話の書から真空刃が放たれ、玄武の腹に直撃する。
玄武にとっては蚊に刺された程度の痛みだが、それでも注意を惹きつけるには充分だった。
「ミャ……」
玄武の不気味な目がぎょろりと動き、ミカの姿を捉える。
小煩い虫を焼き尽くさんと、玄武は素早くエネルギー球を吐き出した。
「っ!?」
エネルギー球はカムイとディザスを擦り抜け、吸い込まれるようにミカの元へと飛んでいく。
光と熱がミカを呑み込む刹那、彼女の眼前に黒い影が飛び込んだ。
「シン!!」
シンは体一つでエネルギー球を受け止め、その威力に抗おうとする。
意地と力の激突の果て、エネルギー球はついに爆散した。
「ぐあぁッ!」
爆発の衝撃をもろに受け、シンの体が宙を舞う。
吹き飛んだ彼を抱き止めて、ミカは震えた声で言った。
「シン!」
「無茶をするな。かえってこちらの仕事が増える」
「ごめん……」
「隙を作ろうとしてくれたんだろ? ありがとな。後は俺たちがやってやる!」
カムイはシンに念を送り、作戦を説明する。
シンは深い溜め息を吐くと、その目を大きく見開いた。
「付き合ってやる。いけ、ディザス!」
「あっ! 待ちなさいっての!」
嘶くディザスの後を追い、カムイも立ち上がって走り出す。
そしてカムイは跳躍し、ディザスの背中に跨った。
「行くぜっ!!」
カムイは騎士さながらにディザスを駆り、刀を構えて玄武へと肉薄する。
そして攻撃を仕掛ける––と見せかけて素通りし、背後に陣取って挑発した。
「やーいノロマ! 悔しかったら追いついてみろ!」
玄武は激昂し、重い甲羅を背負ってカムイの方を向く。
すかさずカムイはディザスの腹を蹴り、元の位置、つまりは玄武の反対方向に回り込んだ。
「ほらこっちだこっち!」
挑発しては回り込み、回り込んでは挑発する。
愚直に追いかけ続けたことでとうとうバランスを崩した玄武の体が、土煙を上げて地面に倒れ込んだ。
弱点たる腹部を無防備に晒し、仰向けになってじたばたと暴れる。
カムイとディザスは呼吸を合わせて、玄武の真上へと跳び上がった。
最後の抵抗とばかりに放たれた電撃の嵐を掻い潜り、刀と角に全ての力を込める。
そして二人は玄武を目掛け、渾身の必殺技を繰り出した。
「神威一刀・鳴神斬り!!」
「ディザスターカラミティ!!」
二つの破壊力を喰らい、鉄壁の大災獣玄武はついに爆散する。
その体から弾け飛んだ黄色い宝玉を、シンは華麗な身のこなしで掴み取った。
「戻れ、ディザス」
ディザスを右腕に封印し、新しい包帯を巻き付ける。
変身を解いたカムイ––セイが、無邪気な笑顔でシンに駆け寄った。
「ハイタッチ! イェーイ……あらら?」
シンはハイタッチを求めるセイを擦り抜けて、ミカに黄色い宝玉を見せる。
ミカは呼吸を整えると、恐る恐る青い宝玉を取り出した。
「……っ!」
眩い光が迸り、ミカとシンの体が吹き飛ばされる。
背中から床に叩きつけられたシンの足元に、二つの宝玉が転がった。
「大丈夫か、歌姫さん!」
セイに抱き止められたミカは返事もせず、虚ろな表情でシンに歩み寄る。
彼女は宝玉にすら目もくれず、動けないシンに覆い被さった。
「思い出した」
目を見開いたシンの頬に、生暖かい液体が溢れる。
混ぜすぎた絵の具のような声で、ミカはシンをこう呼んだ。
「やっと会えたね、『お兄ちゃん』」
シンとミカが血の繋がった兄妹であること。
それこそがミカの失われた記憶にして、シンが探し求めていた真実。
狼狽する三人に更なる映像を見せようと、宝玉は再び光を放った。
「これが、わたしたちの過去?」
「……ああ。俺はこの光景を知っている」
薄暗い殺風景な部屋の隅で、何処かミカに似た雰囲気の少女––幼き日のミカが寂しそうに蹲っている。
やがて扉が開き、同じく幼少期のシンが部屋に入ってきた。
「あっ、お兄ちゃん!」
顔を上げて駆け寄った少女は、右腕に刻まれた悼ましい痣を見て息を呑む。
急いで救急箱を取り出そうとする少女を、シンは変声期前のやや高い声で制止した。
「駄目だ。そのままにしろって言われてる」
「でも!」
「大丈夫」
不安がる少女に、シンは柔らかく笑いかける。
彼は痣のない左手で少女を抱き寄せ、優しくも力強い口調で言った。
「何があっても、お前だけは絶対に守る。だから心配するな……」
そこで映像は途切れ、シンとミカの意識は現実に戻る。
愕然とする三人の沈黙を、セイが破った。
「シン。これからどうすんだ?」
「分からない。何も、分からない……!」
シンは憔悴のまま、ソウルニエに帰還するべく闇に身を包む。
消えていく兄の背中に、ミカは懸命に手を伸ばした。
「行かないでお兄ちゃん! お兄ちゃん!!」
妹の声に応えることなく、シンは姿を消す。
セイはミカが泣き疲れて眠るまで、ずっと彼女を宥め続けていた。
「なるほど。シン君とミカ君がね……」
セイから報告を受け、ミリアは興味深そうに腕を組む。
アラシとユキが固唾を飲んで見守る中、彼女は己の結論を告げた。
「分かった。歌姫ミカの抹殺は取り下げよう。それと私があの時ラッポンにいた目的……ディザス捕獲作戦も中止だ」
「本当か!?」
セイはガッツポーズをして喜ぶ。
ユキが慌てて口を挟んだ。
「待ってくれ。シンはともかく、ミカは」
「二人は血縁なんだぞ? もしミカ君を殺せば、どんな報復が待っているか分からない」
ミリアの正論に押され、ユキは黙り込む。
セイはミリアに礼を言うと、ミカが眠る医務室へと向かっていった。
「……僕も帰るよ」
「ああ。くれぐれも気をつけてくれ」
ユキはブリザードに乗り、遥か極北のシヴァルに飛び立っていく。
最後に砦を出ようとするアラシを、ミリアが呼び止めた。
「待ちたまえ。君に見せたいものがある」
「見せたいもの?」
「こちらだ」
ミリアはシンを連れ、世界最大の学び舎・塔大へと足を運ぶ。
そして書棚から本を何冊か抜き取ると、床の下に隠されていた階段が姿を現した。
「着いてきたまえ」
長く暗い階段を、アラシとミリアは転ばないよう慎重に歩く。
十分ほどかけて階段を降りると、二人は広い部屋へと辿り着いた。
「秘密の地下室へようこそ。そしてこれが、私の最高傑作だ!」
ミリアが腕を振り上げると同時に、スポットライトの眩しい光が整備中の巨大兵器を照らす。
カムイやディザスにも劣らない、しなやかで強靭な巨躯。
未完成でありながらとてつもない威圧感を放つ新兵器を見上げて、アラシは思わず息を呑んだ。
「対災獣用決戦兵器『G9《ジーナイン》』。アラシ君には、是非これの最終調整をお願いしたくてね。引き受けてくれるかい?」
ミリアの言葉も届かぬまま、アラシはG9を見つめ続ける。
龍が再び野望の牙を剥く日は、そう遠くはない。