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第14章 雪像の葬列

冷たさと暖かさ



 雪が降り頻るシヴァルの空を、大鷲・ブリザードが軽やかに舞う。

 ブリザードは城に帰り着くなり、甲高い鳴き声で守護者・ユキに何事かを訴えた。


「どうしたんだ、そんなに慌てて。……妙な物を見た? 分かった、行ってみよう」


 ユキはブリザードの背に乗り、件の場所に向かう。

 彼女の言う通り、そこには奇妙な光景が広がっていた。


「雪像……?」


 大小様々の雪像が乱立し、さながら祭りのように雪原を彩っている。

 しかしそれこそが、シヴァルにとっては正しく異常事態だった。


「どう見ても人工物だ。しかし誰が、どうやって一夜にしてこれだけの雪像を?」


 雪像を観察してみると、そのどれもが不吉な内容を表現している。

 気が滅入りそうになるユキを、ブリザードが鳴いて励ました。


「……そうだな、まずは詳しく調べないと。降ろしてくれ」


 ユキは地表に降り、雪像の調査を開始する。

 しかし幾ら調べても、製作者の意図や手掛かりを見つけることはできなかった。

 疲労感と苛立ちを募らせて、ユキは思わず溜め息を溢す。

 諦めて帰ろうとした刹那、ブリザードがまたしても鳴き声を上げた。


「敵かっ!?」


 これが外敵への威嚇であると即座に読み取り、ユキは腰の双狗剣に手をかける。

 そして背後に感じた気配に向けて、彼は武器を振り抜いた。


「……ッ!?」


 しかし、双狗剣の鋭い刃は障壁に阻まれてしまう。

 半透明の障壁の向こうから、右腕に包帯を巻いた青年の姿が覗いた。


「貴様……ディザスのシンか!」


「いかにも」


「ここに雪像を建てたのは貴様か? 目的は何だ!」


 ユキの詰問を、シンは冷淡に黙殺する。

 激昂するユキの攻撃を捌きながら、彼は無愛想な態度で言った。


「俺もそれを探している。目的が同じというなら、俺に協力して貰おう」


「何?」


「拒めば死だ」


 シンは強烈な蹴りでユキの双狗剣を弾き飛ばし、宙を舞った短剣を奪って彼の喉元に突きつける。

 人生で何度目かの背筋が『冷える』感覚を覚えて、ユキはシンの提案を受けた。


「……分かった。一緒に調べよう」


「ああ」


 シンはユキに短剣を返すと、共同作業を持ちかけたにも関わらず単独行動を開始する。

 誰も寄せつけない気魄を放つ彼の背中に、ユキが質問を浴びせた。


「貴様は一体何者なんだ? ディザスとは何なんだ?」


 シンは答えず、各所の雪像を黙々と調査し続ける。

 暫く無言の時間が流れた末、彼は焼死体の像の前で立ち止まった。


「おい、この像を崩せ」


「僕に命令するのか」


「崩してみたらどうだ?」


「言い方の問題では……しょうがない」


 スコップの類いは手元にないし、双狗剣は物を掘るのには適していない。

 ユキは深呼吸をすると、両掌を素手のまま雪像に突っ込んだ。

 怒涛の勢いで雪を掻き出し、雪像を崩壊させていく。

 やがて雪像が原型を失うと、中から人魂を模した小さな石が姿を現した。


「やった、何か見つけたぞ!」


 ユキは人魂石を拾い上げ、シンの元に駆け出す。

 シンは人魂石を受け取ると、少し戸惑った様子で言った。


「……まだ調査は終わっていない。特異体質とはいえ、無闇に体を酷使するな」


「知っているんだな。僕の体のこと」


 ユキは生まれつき温度を感じることができない。

 その特異体質が故に守護者の責務を負うことになった彼を気遣う者は、これまで皆無に等しかった。


「『無闇に体を酷使するな』か。……そんな風に言ってくれる人、初めてだ」


「お前は国の長なのだろう? 誰に命令された訳でもないのに、何故そうまでして働く?」


「だからこそだ。守護者は国を守らなくてはいけない」


 ユキは少し語気を強めて言い切る。

 今度はユキの方からシンに問いかけた。


「そういう君は、誰かに命じられて破壊活動をしているのか?」


「ああ。いけ好かない連中だ」


「……それならどうして従ってるんだ? あれだけの力があれば、逆らうことだってできる筈なのに」


「逆らう理由がない。上の命令に従うことが、俺の目的に繋がるからな」


「目的? 君は」


 ユキの疑問を、シンの笑い声が遮る。

 彼は揶揄うように言った。


「気付いていないのか? お前、呼び名が『貴様』から『君』になっているぞ」


「えっ……」


「お前は警戒心が強いが、一度気を許した相手には甘いようだな」


 ミカにも非情になりきれなかったことを思い出し、ユキは顔を背ける。

 シンは真面目な顔になって忠告した。


「だが気をつけろ。『奴ら』はそういう心の隙を巧みに突いてくる」


「奴ら? ……もう我慢できない、全部話して貰う! 君はっ」


「伏せろ!!」


 突如シンが叫び、ユキを強く弾き飛ばす。

 理解が追いつかないユキの眼前で、人魂石が独り手に浮かび上がった。

 人魂石の光に誘われるように周囲の氷雪が集まり、一体の巨像を形作る。

 そして現れた『雪像災獣ダルマー』の咆哮が、銀世界に轟いた。

–––

真の目的



「ッ!!」


 ダルマーの弾丸のような拳を、シンとユキは左右に跳んで躱す。

 シンが右腕の包帯を解き、闇の波動を迸らせて叫んだ。


「超動!!」


 超動勇士ディザスが飛び出し、ダルマーと激しくぶつかり合う。

 一進一退の攻防を展開するディザスを呆然と見上げて、ユキが呟いた。


「シン……戦ってくれるのか?」


「勘違いするな。貴様のためではない」


 ダルマーが氷の拳を振るい、ディザスを後退させる。

 単純な力では決着がつかないと判断して、シンがディザスに命じた。


「ディザス火炎波!」


 ディザスは口から灼熱の炎を放射し、ダルマーの肉体を溶かしていく。

 怒涛の勢いで連射させるシンを、ユキが諌めた。


「待ってくれ! 火では周りにどんな影響が出るか分からない!」


「他に策があるというのか?」


「それは……これから探す! ブリザード!!」


 ユキはブリザードの背に乗り、曇り空に向かって飛翔する。

 ダルマーの注意を惹きつけながら、彼は拳を強く握りしめた。


「見つけるんだ! シヴァルの大地を壊さずして勝つ方法を!」


 ダルマーを倒すには本体である人魂石を破壊するしかないが、そのためにはまず肉体を構成する氷雪を取り除く必要がある。

 しかし氷雪は溶かしても即座に復活し、中々人魂石に攻撃を加えることができない。

 どうすれば勝てるのか。

 思考が泥沼に嵌りかけたその時、ユキの頭を閃きが貫いた。


「『勝つ』? 違う、勝つのはディザスだ。僕がすべきなのは、あの雪を『溶かす』ことッ!」


 そのための作戦を実行すべく、ユキは居城の方角に飛ぼうとする。

 しかしダルマーの破壊光線が、ブリザードの片羽を掠めた。


「がはっ!」


 ユキとブリザードが体勢を崩し、錐揉み回転して硬い地面に激突する。

 駆け寄ろうとするシンに、ユキが叫んだ。


「構うな!!」


「……お前」


「作戦を思いついた。必要な物を持ってくるから、それまで持ち堪えてくれ」


「どれくらいかかる?」


「十分……いや、五分!」


 ユキとブリザードは持てる力の全てを振り絞り、国の脅威を取り除こうとしている。

 極北の地で熱く輝くものを確かに見て、シンは微かに微笑んだ。


「分かった、信じるぞ」


 シンは戦場に向き直り、ディザスの指揮に集中する。

 ブリザードの羽撃きを聞きながら、シンが叫んだ。


「ユキが戻るまで……万に一つも押し負けるな!」


 ディザスは雄叫びを上げ、全身でダルマーに立ち向かう。

 シンも右手に力を込め、ディザスとの適合率を高めた。

 肉体への負荷と引き換えに、より効率的に力を引き出せるようになる。

 確実にダルマーを追い詰めていくシンだったが、しかし思わぬ誤算が彼を襲った。


「な……っ!?」


 低温。

 シヴァルの大地が持つ極寒の冷気が、知らず知らずのうちにシンから体力を奪っていたのだ。


「これまでは体内に残留するディザスの力のお陰で平気だった。だがそれを全て攻撃力に転化したことで、負担が一気に来たというわけか……!」


 シンの不調に呼応してディザスの動きも鈍り、ダルマーの反撃を許してしまう。

 ダルマーが放つ渾身のストレートが、ディザスの体躯を吹き飛ばした。


「ぐはッ!!」


 ディザスと感覚を共有しているシンもまた、大きなダメージを受けて膝を突く。

 炎を使えればとも考えたが、脳裏に蘇るユキの言葉がそれを咎めた。


『火は使わないでくれ!』


「あいつめ、妙な縛りを課したものだ……」


 本来ならば守る義理のない、守ったところで益のない約束。

 しかしシンは、何故だか自発的にそれを守ろうとしていた。

 そして、そんな自分がいることが無性に嬉しかった。


「シンーっ!!」


 そして五分ちょうどに、ユキの叫び声が響く。

 中身の詰まった大袋を抱えたユキが、ブリザードの背に乗って現れた。


「……約束を果たしたようだな」


「そっちこそ!」


 二人は視線を交わし、改めて心を一つにする。

 シンは力を振り絞り、ディザスに新たなる技を命じた。


「ディザストライク!!」


 黒いオーラを纏ったディザスが突撃し、ダルマーの肉体を粉砕する。

 ダルマーが氷雪を取り込んで復活しようとした瞬間、ユキは上空から袋の中身をぶち撒けた。

 白い粉が舞い散り、ダルマーの体の一部になる。

 しかし粉を吸収した瞬間、ダルマーを構成していた雪はどろどろに溶け落ちてしまった。


「お前、何を撒いた?」


「塩さ。塩には雪を溶かす力がある!」


 強力な肉体を失い、ダルマー––人魂石は為す術なく逃げ惑う。

 素早く動く小さな的をしっかりと見定め、シンが拳を突き出した。


「ディザスティンガー!!」


 ディザスは自らのエネルギーを角に一点集中させて巨大な槍とし、人魂石を貫く。

 怨嗟のような音を立てて空に昇っていく黒い炎を見上げて、シンはディザスを自身の体内に戻した。


「シンっ!」


 立ち去ろうとするシンの背中に、ユキは思わず声をかける。

 歩みを止めたシンに、彼は精一杯の言葉をぶつけた。


「また会おう……絶対!」


「運命がそう望めばな」


 シンは無愛想にそう答え、吹雪に紛れて去っていく。

 彼の背中が豆粒ほどになるまでその姿を見送ると、ユキはブリザードの頭を撫でて言った。


「君の傷が治ったら、すぐレンゴウに飛ぼう。そしてミリアに、捕獲作戦を中止するよう頼むんだ」


 ブリザードは凛とした声でひと鳴きし、ユキを城まで運ぶ。

 同じ頃、ソウルニエに帰還したシンは上層部の男に任務完了の報告を行っていた。


「例の案件、ひとまず片付けたぞ」


「ご苦労だった。しかし、こちらとあちらの境界線は日に日に曖昧になってきている……」


 上層部の男は重々しく呟く。

 シンは不満を隠そうともせずに問いかけた。


「教えてくれ。今回の任務は、ドトランティスの方を見過ごしてまでしなければならないことだったのか?」


「ああ。むしろこちらの方が……何でもない。それより次の指令だ」


 シンは無愛想な態度で神話の書を開き、上層部からの指令を確認する。

 それは青龍に続いて現れた災獣の撃破と、宝玉の回収だった。


『時間がない。急げ』


「その前に今日の任務の報酬だ。早く妹の手掛かりを」


「それについて教えるのは、宝玉を全て揃えてからだ」


「……チッ」


 無理やり質問を遮られ、シンは顔を顰めながら支度を整える。

 新しい包帯を巻いて、彼は生者の世界に繋がる扉を開いた。


「行ってくる」


 誰もが寝静まった新月の夜を、シンは颯爽と駆け抜ける。

 レンゴウの地下深くにて、災獣が真紅の眼を静かに開いた。

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