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第12章 青き龍

極寒の南国



 アラシの消えたドローマでは、ディザスとの戦いで破壊された街の復興作業が進められていた。

 クーロン城も例外ではなく、多くの職人が忙しなく出入りしている。

 被害地域の視察を終えたシナトは、帰り道で行商人たちの噂話を聞いた。


「そろそろここでの商売も潮時か」


「こんな場所にいたら俺たちの身も危ねえ。早く別の国に移ろうぜ」


 行商人の言葉に、シナトの胸は締め付けられる。

 彼らはドローマがどうにか国の形を取り戻した頃、アラシの提言で誘致した外国人たちだ。

 海外の進んだ文化はドローマの発展に大きく貢献したが、彼らにとってのドローマは単なる市場に過ぎない。

 稼げなくなれば撤退するのが道理とはいえ、共に国を盛り立てた仲間の冷淡な言葉はシナトには心苦しかった。


「お前ら、何を言ってるんだ!」


 立ち去ろうとする行商人たちに、仕事をしていた職人が食ってかかる。

 職人は屈強な体躯で彼らに詰め寄ると、手に持った金槌を振り回して叫んだ。


「俺は生まれも育ちもドローマだ。アラシ様のご恩は死んでも忘れない! それなのにお前らは……!!」


「やめろっ!」


 シナトは慌てて飛び出し、両者の喧嘩を仲裁する。

 怒りの収まらない職人に、シナトは宥めるように言った。


「仕方がないさ。それより、持ち場に戻るんだ」


「……ああ」


 行商人たちは礼も言わず、その場から走って逃げていく。

 気まずい空気の中、シナトが職人に謝罪した。


「すまない。俺が不甲斐ないばかりに、みんなを纏めきれなかった」


「あんたはよくやってるよ。今のは俺がカッとなっちまったんだ」


「短気なのは相変わらずだな」


「……アラシ様、帰ってくるよな」


 職人の問いに、シナトは沈黙する。

 本当なら今すぐにでもアラシの行方を明かし、国民を安心させてやりたい。

 だが、それは当のアラシによって固く禁じられている。

 『すまない』と心の中で謝りながら、シナトは壊れたクーロン城に目を向けた。


「あんたを信頼してないわけじゃない。だが、俺たちにはどうしたってアラシが必要なんだ」


「……分かってる」


 そんなこと、誰よりも分かっているさ。

 シナトは喉元まで出かかった言葉を飲み込むと、仮の宿に戻って紙と筆を取り出した。


「レンゴウ国守護者・ミリア様へ」


 シナトはレンゴウに救援を求める手紙を、自分の目で確かめた被害状況を添えて書き記す。

 そして部下に手紙を渡すと、祈るように呟いた。


「アラシ……!」


 一方その頃、セイたちは。


「海だーっ!!」


 常夏の南国・ファイオーシャンの透き通った海を見渡して、海パン姿のセイとアラシが感激の声を上げる。

 少し遅れて着替えを済ませたミカが、二人の前に立ってふわりと一回転した。


「セイ、似合ってる?」


 ラベンダー色の水着に付いたパレオスカートが風を孕み、軽やかに浮かび上がる。

 どこか浮かれた様子のミカに、セイはいつも通りの態度で答えた。


「流石、歌姫さんは何でも着こなしちまうな」


「ふふっ、ありがとう」


「何でオレには聞かねえんだよ」


「アラシに聞いてもデリカシーのない答えしか返ってこないからだろ」


「んだとォ!?」


 セイの発言にアラシが噛みつき小競り合いに発展する一連の流れは、三人旅の中の日常風景になりつつある。

 そして今回も例に漏れず、ミカが二人を仲直りさせた。


「二人とも、そろそろ泳ごう」


「それもそうだな。折角海に来たんだから、海に行こうぜ!」


「おーっ!!」


 セイとアラシは高速で準備運動をして、勢いよく海に飛び込んでいく。

 自由奔放すぎる二人に呆れながら、ミカは何度目かの胸の痛みを覚えた。


「またこれ……。わたし、どこか悪いのかな」


 アラシを仲間に加えて以来、ミカは苛立ちにも似たむず痒い感情に苛まれるようになっている。

 そういう時は、決まってセイとアラシが二人だけで過ごしている時だった。


「セイに相談しようかな。でも、アラシを仲間にしたのはわたしだし……」


 とにかく今は、セイとアラシが仲良くしているのが不満で仕方ない。

 頭を抱えて蹲っていると、不意に快活な少女の声が響いた。


「カローハ!!」


 南国らしい薄着から小麦色の肌を惜しげもなく晒した、超健康優良児。

 短い茶髪をハイビスカスの花飾りで彩ったその少女は、勢いのままミカに飛びついた。


「あっえっええっ!?」


 ここでカローハと返し、熱烈なハグを交わすのがファイオーシャン流である。

 しかし困惑しきりのミカの様子に、少女はさっと体を離した。


「……もしかしてファイオーシャン初めて?」


 ミカは頷く。

 少女は掌を合わせてミカに謝ると、顔を上げて自己紹介をした。


「あたしはシイナ! ファイオーシャンの守護者やってるんだ!」


「わたしはミカ。歌姫ミカ。えっと、ここに来た理由は……」


「大丈夫、話はリョウマから聞いてるよ! ミカ、ファイオーシャンへようこそ!」


 シイナは両腕を大きく広げ、ミカの来訪を歓迎する。

 それから、彼女は忙しなく辺りを見渡した。


「ところで、巨神カムイの……」


「セイ?」


「そうそう! セイはどこ?」


「……あっちで遊んでる」


 ミカは拗ねた子供のように、波打ち際でアラシと戯れるセイを指差す。

 何処までも無邪気な二人を見て、シイナが素朴な疑問をぶつけた。


「ミカは一緒に遊ばないの?」


「……実は」


 ミカは悩んだ末、自分の胸の内をシイナに打ち明ける。

 シイナは快活な雰囲気を潜め、神妙な面持ちでミカの言葉を受け止めた。


「つまり、ミカは新しい友達に前からの友達を取られて焼き餅焼いてるってことかな」


「……これ、焼き餅って言うんだ。ねえシイナ、こういう時はどうすればいいの?」


 ミカは切実に尋ねる。

 俯いた顔に影を落として、シイナは小さく呟いた。


「今のあたしには、答える資格はないかな」


「えっ?」


「ううん何でもない! とにかく一緒に遊んで来なよっ!」


 シイナはすぐに表情を切り替え、ミカの背中を押す。

 満面の笑みで手を振るシイナに見送られて、ミカは二人の元に駆け寄った。


「セイ! わたしも……ッ!?」


 ミカの言葉を遮るように、突風が吹き抜ける。

 その風は、南国に存在する筈のない物を孕んでいた。


「……雪?」


 風は瞬く間に吹雪へと変わり、海岸の人々は大混乱に陥る。

 遊んでいたセイとアラシも異変を察知し、同時にミカの方に振り向いた。


「おい、いきなり寒いぞどうなってんだ!?」


「分かんねえ。とにかく三人でみんなを逃がすんだ!」


 セイたちは散開し、迅速に避難誘導を行う。

 着々と人々を逃がす三人に、突如援軍が現れた。


「四人だよっ!!」


「シイナ!?」


 同時に声を上げたミカとアラシに、シイナは力強く親指を立てる。

 そして四人が避難誘導を終えると、海が巨大な水柱を噴き上げた。


「何だ、こいつは……!?」

 水柱の中から現れた青い龍型災獣の姿を視認した途端、周囲の温度が一気に冷え込む。

 砂を孕んだ猛吹雪が、ビーチパラソルを薙ぎ倒してセイたちに襲いかかった。


「あのパワー……間違いねえ。あいつが宝玉の持ち主だ!」


「そしてファイオーシャンに冬をもたらした張本人か。待ってろ、すぐに終わらせてやる」


 ミカ、アラシ、シイナを岩陰に隠して、セイが青龍と対峙する。

 勾玉を握るセイの腕が、本能的な恐怖に震えた。


「この感じ、ディザスの時と同じだ……!」


 気を抜けば喰われてしまうような、凶悪なまでの威圧感。

 セイは恐怖を振り払い、勾玉を掲げて叫んだ。


「超動!!」


 吹雪を吹き飛ばす嵐に包まれて、セイは巨神カムイに変身する。

 極寒の島国を舞台に、カムイと青龍の戦いが幕を開けた。

–––

龍を追え



 カムイが雷の大太刀を構え、青龍目掛けて振り下ろす。

 青龍は硬質化した尾で斬撃を受け止めると、数十メートルの巨体を鞭のようにしならせてカムイを締め上げた。

 至近距離で絶対零度のブレスを吐きつけ、動きを鈍らせる。

 劣勢に陥るカムイに、アラシが叫んだ。


「長引けば長引くほど不利だ! 一気に決めろ!」


「分かってる!」


 カムイは風雷双刃刀を召喚し、雷撃で青龍を怯ませる。

 そして双刃刀に雷を宿し、渾身の力で振り下ろした。


「クァムァァァイ!!」


 雷の刃と青龍の吹雪がぶつかり合い、凄まじい爆発がビーチを揺るがす。

 後退したカムイの左脚が、冷たい海水に浸かった。


「これで少しはダメージが……」


 カムイは青龍の様子を観察しながら、次の攻め手を考える。

 しかし降り注ぐ雪が青龍の体に触れた瞬間、青龍についた傷はいとも簡単に塞がってしまった。


「そんな! こんなことされたら、幾らカムイでも」


「セイ……!」

 怯むシイナの隣で、ミカは毅然と歌い続ける。

 彼女はカムイの勝利を信じて、ただ真っ直ぐに彼を見つめていた。


「頑張って……!!」


 そんなミカの気迫に押され、アラシとシイナも何も言わずカムイを見守る。

 三人の期待を一身に受けながら、カムイは反撃の糸口を探していた。


「トルネード光輪!!」


 青龍のブレスに合わせて小竜巻を放ち、綿飴の容量で敵の攻撃を巻き上げる。

 氷の刃を孕んだ竜巻を、青龍は飛翔して回避した。

 突進してくる青龍を躱しつつ、双刃刀で少しずつダメージを与えていく。

 その都度雪で回復する青龍に、カムイは小さく毒吐いた。


「ったく、インチキはやめろよな」


 尚もカムイは双刃刀を振るい、青龍との小競り合いを続ける。

 青龍の尾を紙一重で避けながら、彼は一つの攻略法を導き出した。


「危険な賭けだが……やるしかないか!」


 頃合いを見計らって、カムイがとうとう勝負に出る。

 一直線に突進してくるカムイを氷漬けにせんと、青龍がブレスの体勢に入った。


「サン、ニィ、イチ……」


 カムイは足を止めることなく、青龍との距離を詰めていく。

 青龍がブレスを発射する刹那、カムイは渾身の掌底を突き出した。


「ゼロ!!」


 白い爆発が巻き起こり、ミカたちの視界を覆い尽くす。

 数秒ほどの静寂の後、巨大な何かが倒れる音がした。

 その風圧が煙を吹き飛ばし、戦いの決着が明らかになる。

 極寒の砂浜に最後まで立っていたのは、カムイだった。


「やった! カムイが勝った!」


 シイナが喜びの声を上げる。

 次の瞬間、カムイも光の粒子となって消えた。

 変身を解除したカムイ––セイが、覚束ない足取りで仲間の元に戻ってくる。

 ミカは急いで駆け寄ると、彼を近くの岩に座らせた。


「よかった、セイが無事で」


「ありがとう! あなたはファイオーシャンの恩人だよ!」


「いやぁそれほどでも……あるかな! あっはっはっは!」


 二人の賞賛を受け止めながら、セイは合格な笑い声を上げる。

 調子に乗る彼の背中に、アラシが乱暴に湿布を貼った。


「痛ってえ!?」


「聞かせろ。お前、どうやってあの災獣を倒した」


「ああ、そのことか」


 アラシの手当てを受けながら、セイは青龍を撃破した作戦について語り始める。

 それは何とも合理的かつ危険なものだった。


「戦ってて分かったことだが、奴は自分の攻撃では回復できない。俺は風の御鏡を使って、その弱点を突いたんだ」


 風の御鏡を青龍の口の中に突っ込み、零距離でブレスを反射する。

 そして体内で破壊力を炸裂させたことで、セイは青龍を倒したのだった。


「ギリギリだったけど、上手くいってよかったよ。これであのインチキドラゴンもくたばって……」


 得意になるセイの背後で、何かが蠢く。

 気配を感じて振り向くと、そこには倒した筈の青龍がいた。


「ない!?」


 勝利の余韻は完全に粉砕され、驚愕と混乱がセイたちを襲う。

 セイは再び変身しようとするが、消耗した体では幾ら念じても勾玉は光らない。

 万事休すかと思われたその時、青龍はそっと彼らに背を向けた。


「えっ?」


 龍は海中深くに姿を消し、後には荒れ果てたビーチだけが残される。

 寒さが幾分か和らいだのを感じながら、ミカが呆然と呟いた。


「逃げた……?」


「多分、ゆっくり傷を癒すつもりだ。俺たちの手が届かない深海でな」


 セイの言葉に、シイナの表情が暗くなる。

 次の標的を予測して、彼女は思わず呟いた。


「ハタハタが危ない……!」


 弾かれたように走り出すシイナを、セイたちは急いで追いかける。

 戦いの舞台は、遥か海底のドトランティスに移ろうとしていた。

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