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第10章 風雷の双刃

心を一つに



「みんなあっちへ! 落ち着いて避難するぜよ!!」


 リョウマと家臣たちは綿密な指揮系統の元、市民の避難誘導に明け暮れる。

 日頃より行われている訓練の成果か避難は順調に進んでいたが、しかし市民の数という絶対的な壁を覆すまでには至らなかった。

 ディザスの突進を受け止めるカムイの背中で、人々の悲鳴が轟く。

 カムイは風の御鏡を召喚し、自分とディザスの四方を竜巻で取り囲んだ。


「クァムァ!!」


 竜巻の力で発生した結界が、カムイとディザスを取り囲む。

 人々を戦闘の影響から切り離したカムイに、リョウマが感謝をぶつけた。


「恩に着るぜよ、カムイ!」


 カムイは静かに頷き、ディザスの方に向き直る。

 どちらかが倒れるまで解除されない結界の中で、両者は再びぶつかり合った。


「フッ、派手にやっているな」


 熾烈な攻防を繰り広げるカムイたちの様子を観察しながら、ミリアが素早くメモを書き記す。

 まだ避難していない市民を探していたリョウマは、彼女の姿を見るなり慌てて駆け寄った。


「ミ、ミリア!? どうしてこんな所にいるぜよか!?」


「ただの観光さ。それより見たまえ、カムイとディザスの直接対決を!」


 カムイが雷の大太刀を振りかぶればディザスは角で応戦し、ディザスの火炎放射は風の御鏡で相殺する。

 死力を尽くした戦いが、ミリアの好奇心を爆発させてしまった。


「もう我慢できん! もっと近くでデータを取らなければ!」


「ちょっ、待つぜよ!」


 ミリアは結界の中へと走り出し、リョウマも慌ててそれを追いかける。

 結界内に入ってしまった二人に、ミカが叫んだ。


「危ないっ!!」


 彼女の歌が途切れたのと同時に、力の均衡も崩れる。

 闖入者の気配に神経をざらつかせて、シンがミリアたちを睨みつけた。


「何だ、貴様らは」


「レンゴウ国守護者のミリアだ。君がディザスを操っているのか?」


「……邪魔だ、消え失せろ」


「悪いがそうはいかない。君たちのデータを間近で採取しなければならないからな。あっ、よければディザスのサンプルをくれないか? 毛の一本でもいいんだ……」


「失せろと言っている!」


 シンは苛立ちのままに光弾を放ち、ミリアの結界の壁に叩きつける。

 そしてカムイ諸共有象無象を消し去るべく、ディザスに攻撃を命じた。


「纏めて消し炭にしろ、ディザス!」


 ディザスが禍々しい咆哮を響かせて、角から衝撃波の雨を降らせる。

 殺意の刃がミカたちを襲う刹那、カムイが身を起こして飛び出した。


「カムイ!!」


 小さき者たちを庇ったカムイに、リョウマが悲痛な叫びを上げる。

 ミカも心配そうにカムイを見つめる中、ミリアだけが手を叩いてこの状況を歓迎した。


「素晴らしい! よければ今のをもう一度やってくれるかい? まだデータが足りないんだ……」


「ふざけないで!!」


 自分本位にも程があるミリアの発言に、ミカはとうとう激昂する。

 ミリアの目を真っ直ぐに睨みつけて、彼女は噛み潰すように言った。


「あなたは自分勝手すぎる……!」


「だから?」


「やめるぜよ、二人とも!」


 リョウマが仲裁に入るが、ミカたちの蟠りは解けない。

 仲間割れを続ける彼らを冷めた目で眺めつつ、シンが口を開いた。


「脅威を前にしてなお諍いを続けるとは、呆れたものだ」


「……今度ばかりは同意だぜ。なあ、歌姫さん」


 セイの思念に呼びかけられ、ミカは怒りの矛を収める。

 ひとまず争いをやめた人間たちからカムイに目線を移して、シンは静かに問いかけた。


「カムイ、貴様は何故このような愚かな人間どもを庇う?」


「……クァ?」


「こいつらは貴様の行いに報いるばかりか、むしろ歌姫の抹殺を画策し挙げ句の果てには争いを煽り立てた。そんな存在を庇護する理由が貴様にあるというのなら……この一撃を耐えてみせろ」


 シンが右手を挙げ、ディザスに大技を命じる。

 強烈な熱と閃光を角に結集させて、ディザスが最強の奥義を発動した。


「ディザスターカラミティ!!」


 あのクーロンを打ち破った力の奔流が、カムイ目掛けて放たれる。

 カムイは両腕を広げ、全ての破壊力を再びその身で受けた。


「セイーっ!!」


 ミカは叫びと共に風を起こし、カムイを覆っていた煙を晴らす。

 彼女たちの見つめる先で、カムイの額の勾玉がゆっくりと光を失った。


「そんな……!」


 ミカの祈りも虚しく、カムイは土煙を上げて地面に倒れ伏す。

 カムイの危機は有事の避難所であるリョウマの居城でも、徐々に混乱を広げつつあった。


「カムイが倒れたぞ!」


「俺たちの巨神が……」


 避難民たちの間にどよめきが走り、城内に暗澹たる空気が満ちていく。

 不安がる孤児院の子供たちを宥めながら、ジュウジも一つの気掛かりを抱えていた。


「そういえば、セイさんとミカさんは……?」


 城に来てから、セイとミカの姿を見ていない。

 別の場所に避難したのか逃げ遅れているのか、或いは既に災獣の犠牲となってしまったのか。

 炊き出しの雑炊を子供の一人に手渡して、ジュウジは不安を表に出さぬように言った。


「用事を思い出した。少し出てくるね」


「僕も行く」


 ユウタは強い意志で立ち上がり、城を出ようとするジュウジの服の裾を掴む。

 だが、ジュウジは首を横に振った。


「危ないよ」


「ミカさんたちを探すんでしょ? だったら僕も行くよ。あのままお別れなんて、二度と会えないなんて……もう絶対嫌だ!」


 ユウタの決意の固さに、ジュウジはかつて一人で瓦礫をどかしていた頃の自分を思い出す。

 そして何より、ずっと塞ぎ込んでいたユウタが初めて爆発させた感情を、彼は無碍にすることができなかった。


「分かったよ。でも、無茶だけはしないでね」


「うん!」


 二人は炊き出しや応急手当てに追われる城の者たちの間を擦り抜け、伽藍堂と化した街をひた走る。

 そしてカムイが張った結界の中にミカの姿を見つけ、一も二もなく飛び込んだ。


「ミカお姉ちゃん!」


「ミカさん、無事ですか!?」


「ジュウジにユウタくん……!? もしかして、わたしたちを探しに」


 二人は同時に頷く。

 ジュウジが切羽詰まった様子で言った。


「ええ。怪我はありませんか? それに、セイさんは……」


 ジュウジの言葉を待たず、ミカは倒れたカムイの巨躯を指差す。

 それが意味する所を察し、ジュウジは目を見開いた。


「まさか、セイさんが……」


「カムイは、セイはみんなを守るために傷ついてる。わたしはセイを助けたい。お願い、協力して!」


 ミカはジュウジたちに呼びかけるが、誰の反応も芳しくない。

 皆、何をすればいいか分からないのだ。

 巨神と災獣の、文字通り人智を超越した戦いに、どうすれば加勢できるのか。


「また羽虫が寄ってきたか。消え失せろ」


 シンは掌から光弾を放ち、ジュウジとユウタを粉砕しようとする。

 その時、倒れたはずのカムイからセイの声が響いた。


「させねえ!!」


 灰色になった手が僅かに動き、シンの光弾を受け止める。

 自らの生命力をカムイの力に変えて、彼は力強く立ち上がった。


「俺がみんなを守る理由なんて、決まってる。俺が巨神カムイで、みんなが人間だからだ!!」


「クァムァアアイ!!!」


 カムイは天に向かって咆哮し、全身でディザスにぶつかっていく。

 しかし実力差を覆すには至らず、挑みかかる度にカムイの体は傷ついていった。


「……みんな、わたしと一緒に歌って」


 戦いを見守る者たちの絶望が広がる中、ミカが口を開く。

 戸惑うジュウジとリョウマの手を取って、彼女は叫んだ。


「心を一つにすれば、歌姫の歌は何十倍にも強くなる! セイを助けられる!!」


 ユウタは勇気を出して頷き、ジュウジと手を繋ぐ。

 一歩引いた場所から静観していたミリアにも、ミカは声をかけた。


「ミリアも!」


「いいだろう。実験の始まりだ」


 手を繋いだ五人の心に、神話の書が歌うべき曲を教える。

 ミカの澄んだ声を主旋律に、ユウタとミリアの高音がそれを追いかけた。

 ジュウジとリョウマの低音で歌に重厚感が加わり、生じ始めたエネルギーがカムイの傷を癒していく。

 そして曲の熱量が最高潮に達した時、ミカたちの想いもまた臨界点を突破した。


「心を……一つに!」


 眩しく暖かい閃光がカムイの体を突き抜け、彼に本来以上の力をもたらす。

 尚も収まり切らない力が天を衝き、前後両方に刃を備えた新たな武器となって結晶化した。


風雷双刃刀ふうらいそうじんとう!!」


 カムイは風雷双刃刀を構えて駆け出し、狙いを定めて投げつける。

 一直線に飛んだ双刃刀の刃は、ディザスの堅牢な皮膚をいとも容易く貫いた。


「まだまだァ!」


 周りの肉ごと双刃刀を抉り抜き、舞うような動きで連続斬撃を繰り出す。

 カムイの逆転を阻止せんと、ディザスが必殺技を発動した。


「ディザスターカラミティ!!」


 火水風土のエネルギーを両角に集中させ、破壊光線と化して撃ち出す。

 地形すらを焼き尽くす光線の威力を、カムイは双刃刀で受け止めた。

 しかしディザスの力の前に、カムイは押し込まれていく。

 凄まじい熱を浴びながら、彼は敢えて守りを捨てた。


「風雷双刃刀……分離!」


 カムイは双刃刀の合体を解除し、元の大太刀と御鏡に戻す。

 絶大な攻撃力が体を砕く刹那、風の御鏡が破壊光線を映し出した。


「勝ちを焦ったな、ディザス!!」


 御鏡の中から出現したディザスターカラミティが、現実世界のそれと激突し互いの威力を打ち消す。

 そして発生した爆炎に紛れ、カムイはディザスに肉薄した。

 眼前で武器を再合体させ、すれ違い様に斬り裂く。

 今こそ勝負をつけんと、カムイが双刃刀を低く構えた。


「神威一刀・疾風迅雷斬り!!」


 音の速さで振るう刃が『神』の字を描き、ディザスの体を切り刻む。

 断末魔の咆哮を残して、ディザスは爆発四散した。


「戻れディザスっ……ぐわぁあああ!!」


 ディザスを戻したシンの右腕に、疾風迅雷斬りのダメージが流れ込む。

 死闘の幕が下りると同時に、街を覆っていた結界もその役目を終えて消え失せた。


「巨神カムイ……いや、セイか。その名、確かに覚えたぞ」


 自らの敗北を潔く認め、シンは闇を纏って姿を消す。

 脅威が去ったことを知らしめるように、カムイは人間・セイの姿へと戻った。


「いいデータが取れた。礼を言うよ」


 呼び止めようとするリョウマを無視して、ミリアは平然と歩き去る。

 満身創痍で立ち尽くすセイを、ミカは思い切り抱きしめた。


「おかえり、セイ!」


「……ただいま」


 互いが生きていることを実感して、自然と笑みが溢れる。

 空を照らす夕陽を見上げるリョウマの目に、安堵の涙が滲んだ。


「綺麗な空ぜよ……」


 セイたちも彼の隣に並び、夕焼けの空を眺める。

 戦いの終わりを噛み締めながら、五人は陽が沈むまでそうしていた。

———

死闘の後



 カムイとの戦いに敗れた後、シンは満身創痍でソウルニエに帰還した。

 黒い煙を噴き上げる右腕を懸命に押さえながら、倒れるようにして水槽に飛び込む。

 治癒効果を持つ緑色の湯が、水槽の中で大きく波打った。


「巨神の力、想像以上だな……。だが、これでいい」


 カムイが世界の脅威たるディザスを倒せば、ミカの処刑は中止・少なくとも延期にはなる。

 そうやって彼女を守ることこそ、上層部が下した命令の真意だった。


「しかし、手加減をしたつもりは微塵もなかった。あの時俺は……俺たちは本気を出していた。そうだろう、ディザス」


 右腕がビリビリと痛む。これは肯定の意思表示だ。

 長くディザスを宿し続けた影響か、シンはディザスとの意思疎通ができる。

 内容は簡単なものに限られるが、それでも孤独なシンにとっては貴重な話し相手だ。

 薄暗い天井を見上げて、シンがぽつりと呟いた。


「俺は妹に会う。必ず」


 決意を新たにして、彼はその身を水槽に沈める。

 水面に浮かんでは割れる気泡が、ぼやけた視界に揺らめいた。

 翌日、レンゴウ国・塔大では。


「一国の守護者ともあろう者がここまで勝手に行動して……さぞそれに見合う成果を持ち帰ってきたんですわよね!?」


「当然さ」


 怒り心頭のハタハタに、ミリアが先の戦闘で得た情報を纏めた資料を手渡す。

 カムイやディザスについて現状最も緻密に記された資料を見て、ハタハタはひとまず怒りを抑えた。


「さて、これをどう役立てたものか……」


 ミリアはペンを取り出し、研究過程の報告書をしたためようとする。

 書き出しを考える彼女の耳が、エレベーターの扉が開く音を聞いた。


「ミリア殿はいるか?」


「おお、ユキ君か。ディザスについて何だが、新たな進展が……」


「それより気になる物を拾ったんだ。よければ調べてくれないか?」


 ユキはそう言って、鞄から青い玉を取り出す。

 綻びも濁りもないテニスボール大の宝玉を、ミリアはまじまじと覗き込んだ。


「本当に拾ったんだ。この間、シヴァルの凍土で」


 訝しがるミリアに、ユキは宝玉を拾った時の出来事を語り始める。

 その日、ユキは衛兵を連れてシヴァル北部の峡谷を探索していた。

 他国との貿易に使うシヴァル国の名産、溶けない氷を集めるためである。

 溶けない氷の品質は、冷たければ冷たいほどいい。

 故に北部まで足を伸ばしたのだが、その日は氷で作られた衛兵ですらも凍えそうになってしまう程寒かった。


「んっ?」


 ユキは足元で輝く何かを見つけて、何事かとしゃがみ込む。

 そして彼は青い宝玉を掘り起こし、レンゴウに赴くにあたってこれを持参したのだった。


「……なるほどな」


 宝玉を見ている内に、ミリアの中で純粋無垢な好奇心が首をもたげてくる。

 暇潰しにはちょうどいいと、彼女はユキの依頼を快諾した。


「分かった。責任を持って調査しよう」


「ありがとう」


 ユキは頷き、宝玉をミリアに手渡す。

 その後計画の段取りや政治についての意見交換などをして、ユキはシヴァルに戻っていった。


「……どれ、早速調べてみようか」


 ミリアは白衣を羽織り、宝玉を持ってエレベーターに乗る。

 35階まで降りると、彼女は実験室の扉を開けた。


「ミリア先生、お疲れ様です!」


「ああ。早速だが調べたいものがあるんだ。手伝ってくれないか?」


「勿論です!」


 学生たちは極めて迅速に設備を片付け、モーセに割られた海のように待機する。

 左手前の気弱そうな学生が、恐る恐る問いかけた。


「……それで、調べたいものって何ですか?」


「そんなに畏まるな。これだ」


 煌びやかな青い宝玉を、学生たちは興味津々に覗き込む。

 ミリアはゴム手袋を装着すると、特殊な回路に宝玉を繋いだ。


「電気を流して反応を見るぞ。まずは、100ボルト……」


 回路から電流が迸り、宝玉から白い火花が飛び散る。

 同じ頃、シンは夢を見ていた。

 赤、青、緑、黄色の宝玉がシンの周囲を漂い、淡い輝きを放っている。

 その光はやがて、四体の獣を形作った。

 朱雀、青龍、白虎、そして玄武。

 四体の獣が雄叫びを上げ、シン目掛けて襲いかかる。

 シンはディザスを呼び出そうとするが、幾ら力を入れても包帯を剥がせない。

 白虎の爪を喰らったシンが、赤い血の滲む右腕に訴えかけた。


「何故なんだ、ディザス……!」


 視界がぐにゃりと歪み、背筋を寒気が駆け上がる。

 薄れゆく意識の中、獣たちを率いる存在が姿を現した。

 それは––。


「ディザスーッ!!」


 そこで夢は終わり、シンはベッドから飛び起きる。

 脂汗の不快な湿り気を感じながら、彼は右腕に目を落とした。

 体内にディザスの気配を感じて、安堵のため息を吐く。

 薄暗い天井を見上げながら、シンは独り言を呟いた。


「さっきの夢は……」


 思考する間もなく、神話の書が開かれる。

 シンの内心など意にも介さぬまま、上層部が次の指令を下した。


『大災獣が動き出した。生者の世界に行き、全ての心臓を回収せよ』


「大災獣? 何だそれは!」


 白紙のページに大災獣についての情報が浮かび上がる。

 それは夢で見たのと同じ4体の獣であり、彼らの心臓はやはり夢の中の宝玉であった。

 あれはただの夢ではないと、シンは心の中で確信する。

 右腕を強く握りしめて、彼は上層部に告げた。


「分かった。これが終われば、今度こそ妹の手掛かりについて教えて貰うからな。だがもし教えなければ……」


『教えなければ、どうする?』


「ソウルニエを滅ぼす」


 シンは本を閉じ、生者の世界に繋がる闇の扉を出現させる。

 思惑と策略が渦巻く神話が、新たな局面を迎えた。




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