令嬢「爺や!爺や!」
爺「お呼びでしょうかお嬢様」
令嬢「ん……?あなた誰よ」
爺「初めましてお嬢様。新しい爺でございます。本日より私がお嬢様専属爺となりました」
令嬢「前の爺やはどうしたのよ」
爺「教科書通りの生き方なんてしたくないとのことで、先刻カバンひとつでインドへ旅立たれました」
令嬢「いい年こいてなんて決断してんのよ」
爺「今後はどうぞこのわたくしニュー爺やになんなりとお申し付けください」
令嬢「ふうん……あんたなんかに私の爺やが務まるかしら?」
爺「ニュー爺や、生まれはニュージーランドでございます」
令嬢「人の話聞きなさいよ」
爺「してお嬢様、どのようなご用件で?」
令嬢「あぁ、ちょっと暇だったから相手してもらおうと思ったのよ」
爺「爺は元騎士ゆえ、剣を手にすると手加減できませんがよろしいでしょうか」
令嬢「誰が立ち会いの相手しろって言ったのよ」
爺「では、一つお話をさせていただきましょうか」
令嬢「つまんない話じゃ承知しないわよ」
爺「私はただの爺ではございませんのでお嬢様を十分に楽しませることができるかと」
令嬢「ほんとかしら」
爺「最近は雨が続いておりますな」
令嬢「そうね」
爺「しかし、この雨も来週には止むそうです」
令嬢「そう」
爺「そうなればこのあたりは梅雨明けといっても」
令嬢「あんたの話ゴミみたいにつまんないわ」
爺「では昨日のナイター巨人戦における投手コーチの素晴らしい継投について」
令嬢「どこの世界の令嬢が巨人戦語るのよ」
爺「巨人の話はお気に召しませんか」
令嬢「当たり前でしょ」
爺「お嬢様は、アンチ巨人と」
令嬢「そういう意味じゃないわよ」
爺「弱りましたな……天気と巨人戦以外となると引き出しがもうないですぞ」
令嬢「めちゃくちゃただのジジイねあなた」
爺「ではこの爺の昔の話でもどうでしょうか」
令嬢「まあいいわ……話してみなさいよ」
爺「まだ私が幼い頃……この世界には人間が存在せず二つの神が支配しておりました」
令嬢「なんでそんな神話の時代にあんたが生きてんのよ」
爺「爺ですから」
令嬢「もっと近代の話にしてくれないかしら」
爺「時は西暦X年、この世界には混沌が訪れようとしていました」
令嬢「なんで近未来まで行っちゃうのよ」
爺「それでは、私の思春期の頃の甘酸っぱい恋の話を披露しましょう」
令嬢「気持ちが悪いわ」
爺「当時の私は町の荒くれ者と言いますか、いわゆる不良少年というやつでした」
令嬢「問答無用で始めるのね」
爺「仲間内ではよくクレイ爺なんて呼ばれたものです」
令嬢「若い頃なのになんで爺付いてんのよ」
爺「野に咲く花のように生きるどこにでもいる普通のチンピラでした」
令嬢「普通チンピラの表現に使わない慣用句よそれ」
爺「そんな私を変えたのは一人の女性でした」
令嬢「ちょっと面白そうじゃないの」
爺「蝶のように可憐でお美しく、町の男たちはみな彼女に夢中でした」
令嬢「素敵ね」
爺「我々はその美しさに敬意を表し、パワー夫人などと呼んでおりました」
令嬢「なんでよ」
爺「恥ずかしながら、この爺も夫人への想いを募らせてゆく日々……しかし、驚いたことに彼女は結婚していたのです」
令嬢「自分らで夫人って呼んでて気づかなかったのかしら」
爺「人妻と聞き爺はひどく興奮しました」
令嬢「まさかこんな夜更けに初対面の爺さんの性癖を聞かされるなんて」
爺「夫人に似合う男となるため私は更生して真っ当な人間になることを誓います」
令嬢「それはいいことだけれども」
爺「立派な男となって夫人を奪いたい。もっと言えば寝取りたい。その一心で私は努力しました」
令嬢「動機がクソよクソ」
爺「仲間たちも私のあまりの豹変ぶりに驚き、私はクレイ爺改めマジ真面目爺などと呼ばれるようになりました」
令嬢「だからその爺はどっからきてんのよ」
爺「しかし、彼女への恋はついに実ることはありませんでした」
令嬢「そりゃそうでしょ」
爺「夫人は結婚しているので私とは付き合えないと」
令嬢「そりゃそうでしょ」
爺「しかし、いまだにあの夫人の私を蔑むような冷たい瞳と、人妻という肩書きを思い出すと夜な夜なこの爺の心は熱くたぎるのです」
令嬢「‥‥‥‥‥‥‥‥」
爺「おやおや、お嬢様は眠ってしまわれましたかな?」
令嬢「引いてんのよ」
爺「その後のことはお嬢様も知っての通りです」
令嬢「知るわけないでしょ」
爺「まあつまらない話なので手短に言うと、その後は勇者パーティの騎士として魔王討伐を果たし世界の英雄になるも投資に失敗し無一文に、公園で雨風をしのぎつつ巨人戦のダフ屋や賭け麻雀などで日銭を稼いでいたところをこちらの屋敷のご主人様に偶然拾っていただき今に至るといったところです」
令嬢「どう考えてもその後の人生のがめちゃめちゃ面白いじゃないのよそっち話しなさいよ」
爺「お嬢様のようにまだ幼い女の子には恋バナの方がウケるかと思いまして」
令嬢「幼い女の子に人妻寝取ろうとするチンピラの話なんて聞かせんじゃないわよ」
爺「ところでお嬢様、そろそろ寝ないとご主人様に叱られてしまいますぞ」
令嬢「……そうね。まあいい暇つぶしにはなったし寝るわ。ありがとうね」
爺「一人で寝られますかな」
令嬢「当たり前でしょ」
爺「ウッ……ウッ……ご立派になられて」
令嬢「あんた初対面でしょ」
爺「先代の爺やも草葉の陰からお喜びのことでしょう」
令嬢「そいつは今頃インドにいるわよ」
爺「それでは爺もやることがあるのでそろそろ戻ります」
令嬢「あら、まだ仕事が残ってたの?悪かったわね呼びつけたりして」
爺「構いません。少し追証が発生しているだけなので」
令嬢「懲りなさいよ」