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とある怪談サイトに寄せられた投稿

これは、僕が実際に体験した出来事です。

僕の家から会社までは、小さな私鉄の電車で約三十分です。 都会では考えられないでしょうが、行きも帰りもほとんど座って通勤しています。 その電車で帰宅途中、無気味な出来事を体験しました。 その日、僕は部長の誘いで飲みに行き、十二時前の終電にようやく間に合いました。 タクシーで帰ると一万円弱かかりますから、とりあえず電車にのれた事でほっとしながら、座席に腰を下ろしました。 田舎の事なので、終電と言っても静かなものです。 どうやらこの車両には僕ひとりのようでした。 僕は足を前の座席に伸ばすと、酔いのせいもあってすぐに居眠り始めました。

何分くらいたったでしょうか。僕は小さな声で目を覚ましました。 くすくすと笑う声は、どうやら小さな女の子とその姉のようです。

僕は夢うつつに姉妹の会話を聞いていました。

車両は四人がけの座席になっているので、姿は見えませんでしたが、けっこうはっきり聞こえてくるということは、すぐ近くのシートにいるのでしょうか。 どこか途中の駅で乗ってきたのかな、と思いました。

目が覚めてきて、僕はそっとシートから体を乗り出して周りを見回しましたが、姉妹の姿などどこにも見えないのです。 僕からは死角になっているところに座っているのだろうか。 思い巡らしているうちに次の駅に着き、乗降のないまま発車しました。

またうとうとしはじめると、それを待っていたかのように姉妹のひそひそ声が聞こえてきました。

「あ、もうすぐあの踏切だよ」

女の子がはしゃいだ声を出しました。

僕はぼんやりと窓の外をみました。 カーブの先の田畑の中に、ぼんやりと浮かぶ踏切の赤いシグナル。 その踏切に姉妹らしい人影が立っていました。 姉妹は下りた遮断機をくぐり抜けようとしているようにみえました。

キキキキーーーーーー と電車が急ブレーキをかけると同時に、鈍い衝撃が伝わってきました。

そして、僕の座っているシートの窓ガラスに、ピシャっと赤い飛沫がかりました。

全身の血の気が引く思いで、僕は思わずドアの方へと走ろうとしました。

しかし…座席から立ち上がってふと気付くと、電車は元通り走っています。

僕の心臓だけが激しく鼓動をうっていました。 夢か…と、立ち上がったついでに車内をみまわしましたが、やはり誰もいません。

さっきから聞こえてきた姉妹の会話も、夢だったのかもしれない。

そう思って気を落ち着かせると、一人で車両に乗っているというだけでおびえている自分が、情けなくさえ思えてきました。

『終点です』と車内アナウンスが聞こえ、ようやく電車が本当に減速しはじめました。 僕はコートと鞄を抱えて出口に向かいました。 ホームの明かりが見え始めた時、はっきりと後ろに人の気配を感じました。 なにかぼたぼたと水滴の落ちるような音も聞こえてきました。 視線を上げ、僕の背後に映った人影を見た瞬間、僕は思わず持っていた物を取り落とし、そのうえ腰をぬかしてしまったのです。

ガラスに映っていたのは、五歳くらいの女の子を抱いた若い女性でした。女性の左腕は肘から先がなく、胸もずたずたで、その傷口から血をぼたぼたとたらしていました。 そして右腕で抱き締められている女の子は、左半身が潰されて、ほとんど赤い肉塊にしかみえませんでした。 女の子は残っている右目で、僕をジッと見つめていました。金縛りに遭ったように、僕はガラスに映る姉妹から目が離せなくなってしまいました。

やがて、姉妹が――妹の方はほとんど表情が分かりませんでしたが――、にこりと笑いながらこちらへ歩き出した、

と思った瞬間、凄まじい勢いで走って向かってきました。

異様な事態に、僕はガタガタと震えるしかなく、瞬く間に女性は僕に近づき、肩を掴んで振り向かせました。

青白い肌が所々欠損して赤黒い肉が覗く、満面の笑みを浮かべた女の顔が、眼前一杯に映りました。

女はゴポリと血を吐きだしながら大口を開け、まるで喰らい付くようにこちらに顔を近づけました。もはや僕の精神は限界に達し、ふっと意識かが途絶え――



女は窓ガラスに顔面を強打した。

反動でひっくり返り、弾みで投げ出された妹がびえんびえん泣き出す。

女は妹を抱きしめて懸命にあやしながら、何が起きたのかと周囲を見渡し、すぐに気が付いた。

電車の中が、いや、窓の景色すらも、黒と白だけの色彩、影と輪郭しか持たない、モノクロの世界へと変わっていた。

そして、さっきまで獲物と自分達しかいなかったはずの車内にいつの間にか、背の高い方と低い方、二人の男が立っていた。


「危ない、危ない。ギリ間に合ったけど、ヒーローの御登場としては最適なタイミングなんだな、これが」


背の高い方の男がそんな軽口を叩いた。

背の低い方はそれに反応を見せず――心なしか、背の高い方は不満げな顔をしている――、懐から何かを、巻物を取り出した。そして右手で持ったそれに、スッ、と印を結んだ左手を添えると、巻物が何かを起動した気配を発し、そのまま勢いよく腰に当てた。

瞬間、結ばれていた紐が解け、巻物が男の腰に巻きつくように回転して開かれていく。さらに巻物に書かれていたと思しき筆文字が、回転の遠心力でばら撒かれるように飛び出していき、男の周囲を取り巻くようにゆっくり回転し始める。

それらの工程が一瞬で行われた後、開き切った巻物が金属質のベルトに変わり、腰に装着された。ベルトのバックルには手裏剣を思わせる十字の装飾が施されており、その中央には、鈍い黒鉄色のベルトと相反した、黄金色に輝く、発電所のタービンを思わせる回転翼が埋め込まれていた。

回転を続ける筆文字に囲まれながら、男は右腕を左上へ伸ばしていき、やがて印を保っていた左手が、肘の辺りで隠れるように右腕と交差した瞬間、右手を握り締め、唸るようにその言葉を発した。


「超変化っ!」


その瞬間、バックルの回転翼が猛回転を始め、同時に周囲の筆文字も墨汁に戻るかのように空間に溶け出すと、バックルの回転に合わせるように渦を巻き、黒い竜巻状の煙幕のようになり、男の姿を覆い隠した。

黒と言っても暗黒のような禍々しい印象はなく、硯で磨った墨のような、清廉さすら感じさせる〝玄〟だ。

そんな玄い竜巻の中で、ぼんやりとした人影となった男の体の上に、なにかが形作られていく。そう思われた瞬間、真っ黒な煙幕を貫くほど眩い黄金色の光がバックル中央、胸部、肘膝から、両目からは深紅の光が、なにかの咆哮のような音と共に放たれ、それと同時に竜巻の中の男は力を込め、


「……ぜあッ!!」


気合の一声を発し、右手を振り払うと、その動きに合わせて煙幕が霧散し、姿が露わになった。

それは、特殊部隊のコンバットスーツのようであり、同時にその黒い装束と各部の意匠が、どことなく忍者のようでもあった。

帷子を思わせるトライウェーブの上半身、忍者袴をデザイン化したような下半身。その上から、光の反射で灰色にも見えるケブラー素材状の装甲が、腕足、胴体、身体の各所に薄いさらし状のパーツと合わせて装備されており、先程光り輝いていたのと同じ箇所に黄金色の装飾が施されていた。

中でも特徴的なのが胴体と頭部で、腹部のものは屋根瓦を思わせる湾曲した形状をしており、胸部の装甲は一際大きい黄金色の意匠と鈍色のものが、二つ巴を描くように組み合わされて構成されており、首元では、黒いマフラーを靡かせていた。

そして頭部は、身体各所と同じ黒い装甲の中に、鋭く吊り上った、睨み付けるような深紅の大きな双眸を備えた仮面のようであった。側頭部からはブレード状の装甲板が伸びており、その間に挟まれるように額から後頭部にかけて黄金色の装飾が施され、額からは短いが突き刺すように鋭い角が生えていた。そのラインが、どこか髭を生やした龍を思わせる。


「ついでに僕も、へんんん、しん!」


おちゃらけた調子で言いながら背の高い男がバク宙を決め、体が一回転したと思った瞬間、その姿は細長い、体長約二メートルほどの蛇のような、いや、細長い髭と一対の角、艶やかな茶色い鬣、そして全身が空のように澄んだ青い鱗で覆われた、伝承の龍そのものの姿となり、男の周囲を回遊しながらキメ顔を披露した。

黒い装甲の忍者と、それに付き従う龍。

それを見た時、姉妹は確信した。


ヤツらが、自分達の天敵。自分達を狩る者。

そう教えられていた存在がついに自分達の前に現れたことを知ると、姉妹は二人揃って唸り声を上げ、それぞれ肉体を変異させ始めた。


姉の方は左腕の欠損はそのままに、般若と百足を掛け合わせたような顔を持つ怪人へ、妹は小さな体躯の質量を完全に無視した巨大で長大な大百足へと変異し、姉の左腕の欠損を補うように自身を結合させた。


一人と一匹、別々の忍者と龍。二人で一人、一心同体の百足怪人が睨み合う。

先に百足怪人が動き、左腕の妹百足を高速で伸長させた。


「どいてろ」

「ちょ、」


忍者は龍を右手で下がらせて前に出ると、左腕に百足が巻き付く。

このまま引き寄せ、自分と妹の毒針を同時に繰り出して止めを刺す。

姉はそう画策していたが、それは呆気なく崩れ去った。

忍者は両手で百足を掴み直し、強く引っ張ると同時に床を蹴り、空中で錐もみ回転を始め、自身に百足を巻き付け始めた。自分の体そのもので百足を絡め捕り、その勢いを利用して自分を引き寄せようとしている。

姉がそう気づいた時はもう遅く、忍者が手足からジェット噴射のように炎を噴き出してさらに回転速度を上げたことによって、ついに足が床を離れ、瞬く間に引き寄せられた。

忍者は再びのジェット噴射で回転の方向を変えると、引き寄せた百足怪人の顎をサマーソルトキックで蹴り上げた。そのショックで巻きついていた百足が解け、そのまま天井をぶち抜きながら外の闇に消えていった。

空いた天井の穴を跳躍で潜り、後を追う。

外に放り出された勢いで転がって行ったのか、怪人は三両ほど後ろの車両にしがみ付いていた。

車両の屋根を歩いてそこに向かう間に、百足怪人は立ち上がった。

ふと忍者は、怪人が震えていることに気が付いた。

戦闘のダメージによる体の痛みではない、心の痛みによる震えに気が付いた。


「「………私達、こんな体になっちゃったけど……ひとを、たべなくちゃいけなくなっちゃったけど……でも、もう!離ればなれになりたくないの!!一人ぼっちはイヤなの!!」」


一心同体となった、なってしまった姉妹が、声を重ね合わせて慟哭した。

だが忍者は、それに構うことなく、容赦なく、処断しなければならない使命を帯びている。だから、彼は忠実にそれを遂行した。

――ひとつを除いて。


「……ああ、一人ぼっちは辛くて悲しい。それはオレも、少しは知ってる。でも、今自分達で言ったように、君たちはもう、他の人達にたくさんの迷惑を掛けなきゃ生きていけない体になってしまったんだ……ここで、終わらないと、いけないんだ」


容赦はしない。確実に処断する。彼はそれを忠実に今まで遂行してきた。

だが構った。今許される最低限の慈悲を以て、彼は彼女らを、人間として諭した。


それは伝わったのか。答えは分からないまま。


「「ああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」」


叫び声を上げ、左腕を振り乱し始めた。

忍者は静かに両腕を交差させ、強く摩擦させながら振り下ろした。両肘の金の装飾の先に火花が灯り、左手を手刀に、右手を握り締め拳を作る。

怪人が振り乱していた左腕を我武者羅に突き出すのと、忍者が走り出すのは同時だった。伸長した怪人の左腕が、うねりながら忍者へ殺到し、忍者の肘の火花が、導火線を伝うように両手へ移動していく。

やがて左腕の先の大顎が、忍者の頭部に喰らい付こうとした瞬間、

忍者は全身を捻り、空中で仰向けになるような体勢を取り、躱した。さらにその捻りの遠心力に合わせた手刀で――左手に火花が到達した瞬間発生した、刃のように薄く、鋭く圧縮された炎をのせて――左腕を半ばから切断し、足を付くと残る右拳を構え再度疾走する。

最早逃げられない。そう悟った姉は残った左腕を――妹を庇うように抱きしめ、忍者へ背を向けた。

そこへ向け、容赦なく拳を振りぬき、叩きつけると、同時に鉄杭のごとく細く圧縮された爆炎が、無慈悲にも、その背中ごと庇った左腕を貫いた。


「………お、ねぇ……ちゃん……」


お互い人間の姿に戻り、私の手を握ろうと、妹が必死に這いずっている。それに答えてあげなきゃと、自分も必死に、文字通り死に物狂いで手足を動かしていく。

だが、分かっていた。それは叶わないんだということを。全身から力が抜け落ちていく。もうすぐ力尽きて、火をつけられた煙草のように崩れ去る。この手と手は、二度と取り合えない。

結局、私達は、最後まで離れ離れのまま――

瞬間、手を力強く引っ張られ、妹の手と手を重ね合わされ、上からしっかりと握りしめられた。


「……もう、大丈夫だ。これでふたりとももう、ずっと一緒だ」


――そのときだけは、あれほど怖かった吊り上った真っ赤な目が、心強い、温もりの籠ったものに感じられた。


最後に最愛の姉妹と手を握り合ったまま、少女達は灰と化し、風に吹かれて天に昇って行った。その様を膝立のまま、忍者は見守り続けていた。


「傍から観たらすげー偽善臭くて、それでいて当人は一番心が苦しい。ぶっちゃけ誰も得しないよね、それ」


嫌みたらしいことこの上ない物言いだが、何処か心配そうな気配を醸しながら、青い龍が言う。もっとも、それはこれまでことある毎に言い方を変えて繰り返してきたことなので、忍者には堪えた様子も、碌な返答もなく、立ち上がって一言、帰るぞ、と言っただけであった。


『ていうかさ、あんた少しは忍者としての自覚持ちなさいよ。突撃ばっかじゃなくて、もっと分身の術とか変わり身の術とか使って自分の身守りなさいよ』


そこへ通信で少女の声が割り込んできた。忍者のオペレーターを務める、幼馴染の快活な声だ。


「……戦いが素人の女の子にそんな本気出せないだろ」


「はい、ざんね~ん!そういうのは無傷で完勝できるようになってから言いましょーう!!」


忍者が苦し紛れらしく、絞り出すようにぼそぼそとした返答も、虚しく龍に茶化されて終わった。百足を自身に巻きつかせた時、牙や爪が食い込んで少し出血していたのだった。

その後も延々と両者からダメ出しをされ続けた結果、次第に彼はワナワナと肩を震わせ始め――


「~~~~っ、えぇぇぇい、もう!いいからはやく帰るぞっ、撤収!!」


とうとう我慢の限界に達し、クールな忍者の仮面を引っぺがされた男――天野純弥(あまの じゅんや)が、叫びながら話を打ち切り、ズカズカと歩き始めた。

その様子に、青い龍――旡良(きら)は、通信機の向こうの少女――魅上明日香(みかみ あすか)と共に、やれやれと肩を竦めながら、純弥と共に、モノクロの世界――隔離世(かくりよ)を後にしたのだった。



その後はあまり覚えていません。

へたり込んでいる僕を駅員が引っぱりだし、そのまま事務所で冷たい水を出してくれました。 車内の出来事をその駅員に聞くことはできませんでした。 実際に飛び込み自殺があったと言われたら、おかしくなりそうでしたから。

――ただ、気を失う寸前、記憶の最後の片隅でなぜか、誰かが僕を庇うように割り込んできたような、その背中を目にしたような、そんな気がするのです。

きっと、恐怖のあまり助けを求める僕の心が見せた、幻のようなものだったのでしょうが。



「これだね。この踏切事故」


翌朝、旡良は――今は青年の姿だ――タブレット上に新聞の切り抜きを映し出し、純弥に見せていた。


「組織の偽装で遺体は見つかったことになってたけど、実際は行方不明。きっと瀕死の所に夜叉を憑依させられて、生きたいっていう情念を利用されたんだろうね」


淡々と感情を差し挟むことなく、クレバーに旡良は推理した真相を語って見せた。


「……そうか」


それだけ言うと、純弥は立ち上がってどこかへ出掛けて行った。

その背を見て、最早癖となってしまった肩を竦める動作をした。


「……おはよー…あー、ねむ、慣れないなぁ……あれ、純弥は?」


業務上、毎晩徹夜のオペレートとなるために、溜め込まれた眠気を抱えて明日香が起き出してきた。


「これ見せてた」


そう言うと、旡良はタブレットを明日香にも見せた。


「……ああ、ということは」


「あいつのことだから、行先はひとつだな」


純弥の悪友、多貴悠樹(たき ゆうき)が割り込んできて言った。

3人揃って溜め息を付く。


「元気だねぇ。昨日、というか今日か。比較的早帰りできたと言っても」


「つーか、お前迎えに行ってやれよ。相棒だろ」


「えー、ヤだよメンドくさい。大体規則上、今は終業時間なんだし、そもそもあいつは勝手に……」


ポン、肩に手を置かれ、振り向くと、明日香はニコニコと笑っていた。それはもう、素敵な笑顔で。


「お・ね・が・いだから、迎えに行ってあげてくれないかな?というか都合良く規則を持ち出すな問題児」


「……はい」


このグループの最上位が誰かよく分かる流れに押され、最下位を争う相棒を、旡良は迎えに行く羽目になった。


教えられた踏切の前で、純弥は花を供え、手を合わせていた。

これもきっと、旡良が言っていたように、ただの偽善なのだろう。だけども、何もせず開き直るより、純弥としてはこの偽善こそが、容赦なく葬り去るしかなかった、あの姉妹へ出来る――償い、と呼べるほど綺麗なものではないが――、とにかく唯一のなにかだった。

離れ離れは、一人は嫌だと、あの姉妹は言っていた。親の都合で別々に暮らすことになっていたのだろうか。それが嫌で………やめよう、これ以上は偽善を通り越して無粋だ。


「……ぼく、さんじょー。はい、というわけで来てあげたよ。用も済んでるらしい。よし、早く帰ろう。というか寝かせろ」


振り向くと、青年の姿で旡良が立っていた。


「……わりーな。あの二人に苛められて来させられたんだろ?」


「失礼な!?高貴な青龍族の血を引くこの僕が、たかが人間一人に苛められたりするもんか!寛大で心優しい僕が、自分の意思で来てやったんだよ!」


「そういうことにしとくわ」


これ以上ここにいるとあの二人が安らかに眠れない。言う通り、早く帰ることにしよう。

純弥が立ち上がってその意思を示すと、旡良はいったん龍の姿になり、取り出した札で召喚された外装を纏ってバイクの姿になり、純弥を乗せた。


「そう言えば、あの襲われてた人、外傷も無くて被害は軽微だったから、記憶処理されずにそのまま帰されたんだって。これでこの世にまたひとつ、ほんこわ恐怖郵便が生まれることになっちゃったわけだね」


コンソールを兼ねた液晶画面に、昨夜の事件のことを書いたと思われる、こわい話掲示板の画像が映し出された。


「こうやって、僕らの戦いも、それによる死も、怪談話として面白可笑しくこねくり回されて伝えられていくんだねぇ」


「……だからこそ、オレが覚えていなくちゃいけない。せめて、自分の起こした戦いの死くらいは全部、背負う。背負ってみせる。現代の忍者として……」


「……はいはい、浸ってないで、さっさと帰るよ。いや、わりとマジで、早く寝たい」


乗り主の意思を無視し、バイクとなった旡良が勝手に発進した。

後に残された花束が、あるいは手を振っているかのように、風に吹かれ、揺れていた。



彼の、いや、彼らの戦いは、今に始まったものではない。

古より、隠されながら、連綿と、絶えず続いてきた。

その合間に、ふとした弾みで、その隠された脅威を垣間見る者達がいる。

通常は記憶を消され、日常に帰されるが、稀に今回のように、必要なしと見做され、そのまま帰される者、あるいは、自力で免れる者もいる。

そんな者達の伝えた出来事が、時に怪談話として、時に都市伝説として。我々表の社会に見え隠れしてきたのだ。


だからもし、あなたが、恐怖の体験をしたことがあるとしたら。

そこから生還するまでの記憶が、抜け落ちているのだとしたら。


もしかしたら、救われていたのかも、知れない。


彼らが、駆け付けていたのかも、知れない。


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