「バレてた……」
「冷蔵庫の中を見た時点でな」
「食材、使ってしまいたいものがあるので。簡単なものになりますけど」
「何でも嬉しい。涙が出そうだ」
「そんな、大げさな」
彼を背中に張り付けたままで、ヤカンをⅠHにかけたり、冷凍庫にあった作り置きの煮物を解凍したり。お湯が沸いてお茶が入ると、やっと離れてくれた。
「こたつで足を伸ばしていてください。小さいこたつだから、一輝さんの足、はみ出すかもしれませんけど」
「手伝ったら……邪魔か?」
「……お料理したこと、あります?」
まあ彼の場合、したことがなくてもすぐに会得しそうだけど。
「この年まで独りなんだ。大抵のことはできる」
「うーん、じゃあ次の機会にお願いします」
「今日は駄目なのか」
「一輝さんに合いそうなエプロンがないから、汚れちゃうし……今日は、私からのお礼の気持ちなので」
食べ頃になっていたキウイフルーツの皮をむき、輪切りにして、ヨーグルトをかけて先に出した。
「だから、今日は座っててください。午前中、たくさんお仕事されてたの、わかってますから。お疲れ様でした」
解凍が終わり温めた煮物も、こたつ板の上へ。大根、人参、牛蒡に鶏肉。おばあちゃんから教わった味。お母さんが作ると、椎茸も必ず入る。
彼はなおもうろうろしていた。その間に、ベーコンとブロッコリーと玉ねぎその他残り野菜を、クリームソースで和えたスパゲッティーが完成した。豆腐は、冷凍しておいた干し柿とサラダにしてみた。
「できあがり! お待たせしました。運ぶの、手伝っていただいてもいいですか?」
「ああ」
彼は結局、スパゲッティーを計ったり、空になった牛乳パックを洗って潰したり、細々としたことを手伝ってくれた。上はワイシャツだけになって、腕まくりして。見かねて、比較的大きめのエプロンを貸してみたけど、それでも小さかった。
「次はエプロンを持ってくる」
「秘書が社長をこきつかってしまいました……」
二人そろって座って落ち着いて、顔を見合わせて笑った。楽しかった。料理は結果がはっきり出るから好きだけど、こんなに楽しいなんて。「いただきます」と食べ始めた彼が、「うまい」と言ってくれるのが、一生忘れたくないくらい、大切な言葉になるなんて。
「煮物、温め直しましょうか?」
「いや。……灯里が俺から離れて動いていると、落ち着かない」
お箸を落としそうになった。こ、この人はっ。
「そういうことなんだろうと、思ってはいましたけど……あんまりはっきり言われると」
私の方が、次に何か、とんでもないことを言い出しそうになる。
「座っていてくれと言われると、なおのこと……何かしないと悪い気がしてな」
うんうん。そういうところよ。圧倒的オーラを放つ男にこんな風に言われたら、全宇宙の生命体が彼の虜になる。
一輝さんはひと口ずつ大事に味わいながらも、驚異的なスピードで食べ、私を甘い言葉で包んでいく。
「二人きりでいる以上、灯里にはくっついていたいしな」
ぐっ。偽装婚約者にまで、容赦ない。一昨日から、私の中の微妙なツボを刺激してくる。
豆腐サラダもぺろりと平らげた彼は、箸を置いて「ごちそうさま」と丁寧に言い、私の手を握ってとどめを刺した。
「もうひとつ。灯里にこきつかわれるのはいいな。癖になりそうだ」
もうもうもう、何なのこの人はっ。かわいすぎるでしょ! ご飯を作って、その間少し休んでもらおうと思っただけなのに、絶大な人たらし効果を発揮されて倒れそう。
私の部屋だから、っていうのもあるのかな。一昨日の朝までは、この小さな空間が私の日常の出発点で、帰る場所だった。そこへ、日常になりつつあるけれど、存在そのものが非日常な一輝さんが入ってきたことで、大きな変化が起こってる。輝きが強すぎる。ここでは、一輝さんは眩しすぎて……なのに、一人の男の人として笑ってる。この世で一番輝いているのに、誰よりも身近に感じる。
「落ち着かない、って顔してるな」
私も何とか食べ終えて、箸を置いた。彼の声は、のんびりしてる。
「一輝さんは、眠そうですね」
「無理ないだろ。初めて入った婚約者の部屋で、手料理を振る舞われたんだからな……」
横になりたそうなので、あるだけの座布団とクッションを集めて、彼の後ろにおいた。
「私はまだやることがあるので、少しお休みになっていてください」
「悪い……片付け、手伝う……」
また喜ばせることを言って、子供みたいに、すーっと寝入ってしまった。
彼の寝顔を見るのは初めて。一昨日は私が先に寝てしまい、昨日の朝は彼の方が早く起きた。今朝も、同時に起きたか、彼の方が早かった。
「かわいい……」
私の指をきゅっと握って、満足、安心して眠ってる。綺麗な顎のライン。形のいい額。強い意志が表れた眉。広い胸。襟から覗くうなじに、いけない気分にさせられる。ちょっとぐらいなぞっても起きないかな……私も、痕つけてもいいのかな、って……。
「ほんと、おかしくなってる……」
あなたのせいだよ、ってほっぺたをつっついてやりたい。しないけど。
放っておくと働きすぎるあなたを休ませるのも、専任秘書の仕事だと思うから……ね。