目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報

第1章 第1話

 激しい恋なんて、したことなかった。いつも、どこか冷めていた。恋だけじゃなくて、私の性格がそうなんだと思ってた。

 勉強はそこそこできる。運動は得意っていうわけじゃないけど、体を動かすのは好きな方。学校では、先生たちと気が合って、打ち明け話をできる女の子が何人かいて。気の置けない男の子の幼馴染もいる。進学して、就職して、縁があれば結婚するかもしれないし、一生独身かもしれない。どっちでもいいやって、その程度に考えて今日まできた。

 そのせいなんだろうか、会社をクビになったのは。人員削減して乗り切るために、苦慮の末に選ばれたのが私。

「よくも悪くも執着心がない。だから……うん、次のところも、きっとすぐ見つかるよ」

 本当に申し訳ない、と頭を下げてくれた社長は、温厚なおじさん。お兄さんがご病気で亡くなって、急に事業を引き継ぐことになって、苦労されてた。業績を盛り返そうと必死な姿を間近で見てきたから、無理に残りたいとは言えなかった。


 失業したのは年明けで、あれからもうじきひと月になる。二月の風が冷たい。梅の蕾は膨らみ始めているけど、春を待つ浮き浮きした気持ちにはなれない。

「今日のところも駄目だろうなあ……」

 面接に行ってきた。丁寧に応対していただいたし、私の受け答えも経歴も、的外れではなかった。だけど、手ごたえがない。何がいけなかったんだろう。

「熱意、とか?」

 寒空に問いかけてみる。答えはない。

「執着心か……」

 喉に冷気が流れ込む。ぶるっと震えたのは、ちょうどカフェの前だった。そうだ、お茶を飲んで元気を出そう。


「いらっしゃいませ!」

 広々とした店内は、半分くらい席が埋まってる。お昼が終わって空いてきたところだ。カウンターに並んでいる人はいない。

「店内でお召し上がりですか?」

「はい」

 ロイヤルミルクティーを選び、注文する。ミルクたっぷりの熱いお茶にお砂糖を入れて、甘いもので前向きになりたい。

 支払いをしてトレイを受け取り、席を決めようと見渡した時、「灯里!」と呼ばれた。声のした方を見ると、幼馴染の幸太こうたが手を振っていた。近付くと、向かいの椅子に乗せていた荷物をさっとどけてくれた。

「いいの?」

「もちろん!」

 幼稚園から中学まで一緒だった冴木さえき幸太。顔を合わせるのは二年ぶりで、しばらく昔話に花が咲いた。

「その格好……就職活動か?」

「うん。失業中」

 一月からのことを簡単に話し、甘いミルク味に慰めてもらう。

「そっか……どこも難しい問題を抱えてるんだな」

「幸太のところも?」

「うん、まあ事情は違うけど。重要ポストがずっと欠員でさ」

「よっぽど特殊な仕事なの?」

「特殊といえば特殊」

「ふーん……」

 私には無理だろうなあなんて頭の隅で考えながら、旧友たちの近況へと話が移っていった。


 駅へ向かう私と、会社へ戻る幸太は同じ方向。連れ立って歩き、大きなビルの前まで来た。豊宮とよみやホールディングス。世界に名を轟かせる豊宮グループの総本山。いいなあ……。

「あ、これは」

 幸太の視線の先には、正面玄関から出てきた二人の人物。すらりとした長身の男性は、この世のすべてを味方に変えてみせると言わんばかりのオーラを放っている。後からきたおじさんは、上品で温厚そうだけど、表に出さない鋭さを隠し持っているように感じた。二人とも、ものすごく高そうなスーツに身を包んでいる。

 颯爽と歩く長身男性は、頭を下げる幸太のところまで来ると、ぴたっと立ち止まった。見ているのは幸太じゃなくて……私?

「ほぅ……この女性は?」

「俺の中学の同級生です」

「昼休みか」

「あ、いや」

「いいよ、正直に言って」

 言葉を濁した幼馴染の気遣いに感謝しながら、私は口を開いた。

「私、失業中なんです」

「ならば問題はないな」

「え?」

 彼は後ろのおじさんを振り返った。

「決定だ。一時間後に戻る。話をまとめておいてくれ」

「かしこまりました。行ってらっしゃいませ、社長」

「行ってらっしゃいませ!」

 おじさんと幸太の声に送られて、彼は立ち去った。

「社長……?」

 何が決まったのかわからないけど、すごいものを見た。

「灯里、おい」

「んー?」

「何ぼーっとしてんだよ。あの人を初めて見たらそうなるのはわかるけどさ。お前、採用されたんだぞ」

「そうなの? ……え、採用!?」

「そうだよ。例のなかなか決まらなかった重要ポスト」

「立ち話もなんだから、中へ入ろうか。冴木くんも一緒に」

 おじさんは私を正面玄関へ案内しながら小さなため息をついた。幸太の顔はひきつっているみたい。何で?

 っていうか、わかりにくいです社長!


「それでは、と。これが辞令になるね」

 おじさん改め明田博満あけだひろみつ部長は、幸太の直属の上司。プリンターから出てきたばかりの紙は、ほかほかと温かい。短い文面を三度読み返した。

戸倉とくら灯里殿

 本日付で代表取締役社長豊宮一輝の専任秘書を命じる。』

「専任秘書って」

 私のこと、何も知らないのに。

「社長の抜擢なら間違いない。冴木くんの推薦ということにしたからね、皆もすぐ受け入れてくれるだろう」

 幸太は社内でそんなに信頼されてるんだ。尊敬の眼差しを向けると、照れ臭そうに視線を逸らした。

「でも、どうして私が」

「それは、社長に聞いてみた方がいいな」

 うーん。あの人が、まともに答えてくれるだろうか。そもそも会話が通じるとは思えない。顔に出ていたらしく、部長は楽しそうに笑った。

「ハハッ、そう心配することはない。君もすぐ慣れるよ」

「はい……」





この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?