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第三夜「使わしめの伝承」

 睡蓮はぱっと表情を明るくした。だが男にじっと見つめられ、睡蓮はたじろいでしまう。


「「うげッ。はくが来たッ」」


 声すら掛けられない睡蓮をよそに、白狐と黒狐が顔をしかめて言った。


 白狐と黒狐の二人は、上がパーカーで下は袴を穿き、それにジレのように袖のない着物、つまり陣羽織を重ね合わせて着ていた。

 パーカーの裾から見える組紐で出来たベルトや鼻緒の朱色や鈴は除き、上から足元の草履まで白狐は黒で、黒狐は白で色を統一。猫耳……もとい、きつね耳が付いたパーカーだけは、それぞれの名前と同じ色をしていた。

 大方おおかた二色でまとめた二人の格好に比べ、狛の装いは目を惹くものだった。


 素肌に着た菖蒲あやめ色の羽織は裾ぼかしになっていて、上部に連れて薄くなるグラデーションが柔らく、振袖のような麗しさがある。

 左身頃に散りばめられた大振りの花の文様と、腰に巻く青磁せいじ色の帯もとても鮮やかで、革のパンツやブーツが黒で揃えていることも手伝ってとても見目美しい。

 肘から二の腕までが露出する昂を担ぐ右腕と、涼しげに開く胸元から、細身ながらも適度に筋肉質で逞しい体つきをしているのが見て取れた。


「狛、ご苦労だった」

「お前が大御神の……」

「え……あ、はい、私は美月睡蓮と申します。お邪魔しています。そちらの方は石上昂くんと言いまして、そのどこか……」

「心配しなくていい、眠ってるだけだ。信じられないなら叩き起こしてみせようか?」

「い、いいえそんなっ。……でもそうですか、良かったです」


 睡蓮が安堵してそう零すと、狛は昂を下そうとした手を止めた。顔を上げて睡蓮に目をやると、何を思い立ったのか自身の腰に巻いている帯を器用に引き抜いた。


「な、なんだよ」

「ふふ」


 狛は昂を下ろすと離れていってしまったが、睡蓮は嬉しそうにその後ろ姿に感謝の言葉を送った。それから狛の帯の上に寝かせられた昂の元へと駆け寄っていく。


「はァ?」

「何、何なのこの雰囲気ッ!」


 ぶーぶーと恨めしそうに文句を言い始めた白狐と黒狐の二人を無視して、狛は太秦に向けて訊いた。


「なあ、こんな締まりのない顔をした顔の女が本当に陽の巫女なのか?」

「もちろんだ。お前だって彼女を前にして本能的に惹かれるものがあろう? 私もここへ戻ってから、それがより一層強くなった」


 それにだと言い、太秦は続ける。


「彼女は私が憑依している時に大御神のお姿を見ている」

「「え! 憑依したんすか!?」」


 白狐と黒狐が眉を歪ませる一方で、狛も太秦へ鋭い眼光を飛ばす。しかし太秦は彼らの白眼視を封じるように言うのだった。


「いいか、お前たち! 我々ハヤトの元に陽の巫女が顕現したからには、ヤマトにこれ以上のまがを許しておくわけにはいかない! 陽の巫女……」


 太秦は睡蓮の前まで来ると肩膝を着いた。


「分かるな? 我ら使わしめと陽の巫女は互いに求め合う習性を持っている」

「求め合う、習性ですか……?」


 太秦に間近で見つめられ、睡蓮はたちまち顔を赤く染めた。

 そして太秦が悪戯に睡蓮の輪郭をなぞり始めた、その時。


「急急如律令、排斥!」


 後方へと飛ばされた太秦と視線をぶつけ合わせるのは、睡蓮を背後に送った昂の姿だった。


「俺の睡蓮にさわんな!」


 白銀の髪が舞った。それは一瞬の出来事で、昂自身も状況が飲み込めていないようだった。

 しかしそれを目の前にした睡蓮は、身体ごと床に押し付けられている昂の姿に慌てた。


「あ、あの狛さん待ってください!」

「睡蓮……っ、狛っていうのはこいつの名前かっ? なんで知って……くそっ、放せっ……!」

「おい美月。こいつはお前の何だ?」


 駆け寄る睡蓮に二人が訊いた。


「へ? ええっと、そうです。犬さんの狛さんで、向こうにいらっしゃるのが狐さんの白狐さんと黒狐さんです。それから狛さん、昂くんは私の大切な幼馴染みです」


 狛は黙って睡蓮を見つめ、取り押さえていた昂を解放した。


「あ、あの」


 睡蓮はその場を離れる狛を不思議そうに見た。

 けれど今は昂が心配なのだろう。狛にはお辞儀をして返して、身体を起こす昂を睡蓮は気遣うのだった。


「犬、だって? まぁ、ああして烏も人間みたいになっているわけだし、疑うなんて今更だよな……」

「あの昂くん、お怪我はありませんか?」

「ああ、ないよ平気だ。……だけどごめんな睡蓮、一人にさせた。術もさ……怖かったか?」


 睡蓮は首を横へ振った。


「いいえ、怖くないです。もしかしてこのどきどきのことですか? これはただ初めてがいっぱいだったから駆け足なだけです。ですから私は大丈夫です。なので昂くん、どうかご自分のお身体を」

「睡蓮……。ありがとう。そうか、そういうことなら——って、ご、ごめん!」


 昂は睡蓮に寄り掛かっていた身体を急いで離した。でもその後は紅潮した顔のまま、きょとんとする睡蓮にどこか安心した様子で微笑むのだった。


「ちょいちょーいッ、巫女さまの独り占めは駄目だよー? ボクたち、み~んなの巫女さまなんだから!」

「そうだぜ! にしても、へぇ~急急如律令に桔梗紋ききょうもんねぇ。つーことは、そか。お前っち陰陽師だな!? でも呪符それだと神に仕える使わしめのオレたちには効かないぜ? 出来てもせいぜい巫女さまに鼻の下を伸ばしっぱなしだったオレたちの隊長、太秦さんをノックバックさせられるくらいだなッ。今したみたいに!」

「黙れ黒狐」

「そうだねー。辛うじて回避してたくらいだもんね!」

「お前も黙れ、白狐」

「「え~だって」」

「黙れと言っているだろ狐!!」


 太秦は目をすがめながらジャケットの襟元を正すと、昂へと向き直った。


「術を扱えていないか」

「っうるさい! 従順をいいことにお前らの都合で睡蓮を利用するな! 巻き込むな!」

「……何だと?」


 太秦の冷たい声が広い屋敷に響く。

 白狐と黒狐がぶーぶーと文句をたれる一方、狛はまるで驚いているかのような表情になった。


「狛さん……?」


 視線を感じて睡蓮は狛を見たが、目が合った拍子に逸らされてしまう。


「昂。お前、美月と元の世界へ戻りたいか?」

「当たり前だろ! って言うか馴れ馴れしく名前を呼ぶなっ」

「なら大人しく俺たちに従って、一刻も早く大御神を倭の地へ降臨させろ」

「なっ」

「それから美月、お前はこいつと帰るために協力してくれればいい」

「え? あ、あの狛さん。陽の巫女という役目が私にあるのですよね? 私は皆さんの役に立ちたいと思っています」


 睡蓮の言葉に、昂だけでなく狛まで目を見張った。


「それに昂くん、皆さんお優しいので心配なさらないでください。ええっと少しフレンドリーな方たちだとは感じましたけれど、でも、何も怖い思いはしていません。むしろ親切にして頂いています。だって狛さんがご自分の帯を、眠っている昂くんを想って敷いてくださいました。あのこれ、とても嬉しかったです。ありがとうございます」


 狛は渡された帯ではなく、睡蓮をじっと眺めた。でも睡蓮が微笑みかけると口をつぐんで、すぐにそっぽを向いてしまうのだった。


「さっすがーボクたちの巫女さまッ♡」

「昂ッ、巫女さまは自覚があるようだぞ!?」

「なっ、ちょ、お前たちくっ付いてくんなっ。と言うか、その陽の巫女っていうお前たちにとっての救世主が睡蓮だって証拠はあるのかよ?」


 すると二人は、纏わり付いていた昂にがされながらも「あるねー!」と愉快げに声を揃えたのだった。


「だって巫女さまはこのボクたちを見て、狐だの犬だの言い当てたんだぜ?」

「そうそう。まぁオレたちが狐っていうのはさ、太秦さんが先に話していたけどよ? でも巫女さまは、狛のことも犬だって当てただろ?」

「あっ、そうです。確かにです! ヤタノカラスさんという種類の烏さんがいらっしゃるのも知らなかったのですが、いつの間にか私そう呼んでいました!」

「「八咫烏やたがらすな!」」


 白狐と黒狐の二人は「なんで太秦さんだけそうなのー」とケラケラ笑った。


「陽の巫女、これからは名前で呼んで欲しい……」

「分かりました。ええっと、太秦さん? これからどうぞよろしくお願いします」

「こらこらこら、そこの烏っ。ふら~っと睡蓮に近寄るな、ふら~っとっ。はぁ……全く油断も隙もあったもんじゃない……。話を戻すけど、言い当てたのはなんか偶然っていうか、睡蓮は寮で犬を飼っているし、純粋だから狛に対して近いものを感じ取っただけかもしれないだろ? 信じられるかよ」

「いやいや、まだあるし。な、黒狐?」

「そうそう、決定的な証拠が——」

「美月、昂。あれを見てみろ」

「まだオレが喋っているだろーッ!」


 台詞を取られて怒る黒狐を気遣いながらも、睡蓮は昂と一緒に狛が指差した方向へ目をやった。

 高い天井まである格子戸越しに見えたのは、美しい大きなまんまる。


「あれとは、お月さまのことですか?」

「ああそうだ。大御神……つまり陽の神がお隠れになってからは、今宵が初になる。月は太陽が無ければ、ああやって視界には捉えられない。けど美月、陽の巫女のお前には、月を輝かせる特別な力が宿されていると云う」

「うん。それから大御神がリスポーンするまで太陽は昇らない。存在しないんだよ」

「だから当然、月の満ち欠けなんてのはない。あそこに月が浮かび上がってるのは、SSR級の巫女さまのアビリティのお陰ってわけ」


 狛の話に白狐と黒狐が補足した。


「わ、私にそのような力が。何もしていませんのに」

「ああ本当にお前は不思議だ。それで俺たちについてだが、ここ高天原たかまがはらにある倭を護る為の使者を使わしめと言って、中でも能力が高く、大御神に仕えていた俺たちをヤマトという役職名で呼ばれる。しかし今は、大御神がお隠れになった根源である須佐神すさのかみがヤマトの名を語って好き勝手している。だから大御神側の俺たちはハヤトに名を変えたんだ」

「はぁ、ハヤトさんにですか……」

「分かるな? 大御神を再降臨させるため、お前はこの異世界に導かれて舞い降りた陽の巫女。俺たち使わしめの伝承でんしょうに登場する舞姫まいひめなんだ」

「伝承の……? わっ」


 昂が、ぶかぶかの狩衣の手元を掴む。


「ほだされるな睡蓮。お前らの伝承なんて知らない、行こう」


 睡蓮を強引に連れ出そうとする昂に、狛も力強く睡蓮の手元を掴んだ。


「美月は狙われる身にある。やめておけ」


 狛が満月を見やり、昂に視線を戻して続けた。


「言っただろう? 月が合図だ。須佐神側が動く。須佐神側は妖術を使って倭の民を惑わせている、言わば俺たちハヤトの敵だ。だが大御神と意思疎通が可能で、尚且つ俺たちの神気を格上げさせる美月の存在はヤマト側には都合が悪い。まだ不完全な俺たちの隙を狙って、この八尋殿やひろどのへ美月の力を奪いに急襲をかけてくるだろう」

「そんな……。なんでお前たちのことで、睡蓮が危険な目に遭わなきゃならないんだ! 巻き込むな!」


 昂は一歩前へ踏み込んで、一心に訴え掛けた。だが、


「「それは」」


 狛の声が睡蓮のものと重なった。

 昂は何か言いたげに狛を見たが、眉間の皺を戻していつもの穏やかな表情をする。しかし振り返って睡蓮を見た途端、昂は頬を強張らせてしまう。


「昂くん。それはきっと、私が陽の巫女だからです……」

「睡蓮……」


 どことなく寂しそうに自分を呼ぶ昂を、睡蓮はとても申し訳なさそうに見た。

 そこへ大きな手のひらが乗る。太秦だ。頭を撫でられる睡蓮だけでなく、昂までピクリと反応した。


「さすがは陽の巫女。疾うに運命さだめを受け入れているのだな。それに比べてお前は嘆いてばかりか? 呪符が扱えるなら、我ら陽の巫女の助力をしてみせよ」

「……っ、睡蓮はお前らのじゃない!」

「フン。では、お前のものだと言うのか?」

「ああそうだ!」


 睨み合う昂と太秦の間で睡蓮が困惑していると、


「「ATフィールド!」」


 白狐と黒狐が入ってくる。

 二人は昂と太秦の前に立ち、睡蓮を守るように両腕を使ってアルファベットのAとTを元気いっぱいに模した。

 白狐は睡蓮に目配せをして二ッと白い歯を見せると、もう一度前を向く。太秦を見上げて口を開いた。


「まあまあ、太秦さん。こいつも巫女さまと同じで、神仏を大切にしているってわかるっすよね? なんせ陰陽師っすよ? おまけに狐の気高き匂いだってしてくる。最高じゃあないっすか!」

「そうそう。まだ実戦に向いていないとは言っても、陰陽五行なんてマジなかなかのチートっす。それに巫女さまをお護りするには、こいつのまじないも一役どころか、二役も三役も買うはずっすよ!?」


 睡蓮にウインクしてから、そう黒狐が白狐に調子を合わせた。白狐はさらに続ける。


「昂も元気出せよ~。どのみち大御神のリスポーン後じゃないと帰還は無理だしさ」

「そうそう、白狐の言う通り、伝承の通り。巫女さまが覚醒しちゃった時から不可避なんだよ、わりいけど」

「お、おい。勝手に肩を組んで来るなって」


 昂を気に掛けている様子の白狐と黒狐。それを嫌がりながらも強く言わない昂。その三人の様子に、睡蓮はそっと睫毛を寝かせて目を細める。だが一拍置いて呼吸を整えると、何か意を決したように凛と姿勢を正した。


「あの、昂くん。それから皆さん。少しいいですか?」

「ああ言ってごらん、睡蓮」


 昂はすぐに顔を上げて応える。白狐と黒狐もじゃれ合う手を止めた。

 腕組みをした太秦は優しい眼差しを、狛は流し目であったりと三者三様だが、一斉に睡蓮へ耳を傾けた。


「ありがとうございます」とお辞儀をしてから、睡蓮は話し始める。


「自分でもどうしてなのかわからないのですけれど、あのお月様を見てから私は、こちらへの想いが強くなっていくように感じているのです。不思議ですよね……美しさに魅せられているのでしょうか。そして今、少しずつですが私の心に流れてくるのです。こちらの……倭の方たちの苦しみが。なので皆さん、私たちを気遣ってくださるのはとても嬉しいのですけれど、本当はもっと切迫しているのでしょう? 私の力というのが役立つのなら、ぜひお手伝いしたいのです」


 睡蓮は満月を見たり、瞼を閉じたり、皆へ視線を移したりしながら一人一人へ想いを伝えていく。そして最後に「それから……」と呟くと、昂に向き直って頭を下げた。


「昂くん。巻き込んでおきながら、勝手にすみません」

「睡蓮……って、ちょっと待った!」


 さっき昂と狛が、左右から睡蓮の手元を引っ張った所為だろう。

 昂は徐々に肩から滑り落ちていく睡蓮の狩衣にあたふたした。狛だけは目を泳がすが、他の三人の視線が睡蓮の胸元に集中する。


「こ、こら、お前ら。いつまで組んでんだって」


 昂は煩わしそうに両肩に乗った白狐と黒狐の二人の腕を振り払う。そして先程の白狐と黒狐ではないが、昂ははだけそうになる胸元を遮るように、睡蓮に背を向けて両腕を広げた。


「すみません……」

「いやいや違う違う。俺が好きで来たんだ。それはいいから睡蓮、早く襟元直して。あと脇にある紐も止め直しといてっ」

「へ? あっ、は、はい」


 睡蓮は慌てて後ろを向くと、昂に言われた通りにした。

 布の擦れる音が聞こえてくると、昂は口を真一文字に結んで、決め込んだように顔をしかめる。


「うわぁ、腕を広げたまま硬直しちゃったよ。お兄ちゃんストップうざァ~」

「ほんとそれ。な~んか、ずるいんだよなぁ……」


 耳打ちし合う白狐と黒狐に、真っ赤な顔になった昂が目をカッと見開いて、


「うるさいっ。ずるくないっ。俺は兄じゃない!」


 そうリズム良く噛み付いたのだった。



 着衣を整え終えた様子の睡蓮に、昂は心の底から安心したような顔で胸を撫で下ろした。そして腑に落ちないながらも使わしめたちに訊く。


「取りあえず、お前たちが大御神と呼ぶ太陽の化身を復活させれば、俺と睡蓮は元の場所に帰れるって話でいいか?」


 頷く狛以外の三人。しかし昂は眉根を寄せた。


「でもそのためには、須佐神ってやつを倒さないといけないんだろ?」

「いや」


 黙って話を聞いていた狛が答える。


「須佐神の力を封じても、討つことはない。須佐神は大御神の弟君で、元は大御神と同様、俺たちの主君でもある。倒すべき者は、須佐神によって生み出された怨霊だけだ」

「は? 怨霊だけ?」

「えっ、怨霊を……倒すのですか?」


 どうやら昂と睡蓮は、危惧している部分が違うようだ。

 今度は睡蓮が眉根を寄せて狛に訊くと、次は太秦が答えた。また睡蓮の頭を撫でに来る。


「そうだな、少し言い回しが違ったな。陽の巫女には、我らと力を合わせまがを封じた後、浄化を願いたい。陽の巫女、お前にはそれが出来るはずだ。あとわかっているとは思うが怨霊は元々罪のない者ばかりだ。怖がる必要はない」

「はい」


 睡蓮は静かに返事をすると、瞳を揺らして両の手のひらを見つめた。


「我らと力を合わせてって、まさか睡蓮も連れ出すのか?」


「当然だ」と薄ら笑いを浮かべて答える太秦に、昂は憤然ふんぜんとした。


「そんなの危険だ! 狛、お前さっき外へ出るなって言ったじゃないかっ」

「それはお前たちだけでってことだ」

「なっ。と言うか、そもそもさ……。須佐神を倒さずに、お前たちが目指すものは達成出来るのか?」


 やや皮肉めいてはいるが、涼しく答える狛に、昂は僅かに冷静さを取り戻したようだ。


「ああ。なぜならここまで伝承の通りに進んでいるからな。須佐神も美月の廉潔れんけつさにお気付きになられたら、きっとお変わりになるだろう。第一、須佐神を殺めるのはこの倭の滅亡に値する。だから和睦わぼくを願う」

「ならっ、睡蓮の力を奪いにっていうのは、具体的にどんなことをしてくるんだ!? 一緒に連れて行くと言うくらいだから、睡蓮自体には危害が及ぶわけではないんだろ!?」

「ああ、身の危険は俺たちが全力で護るからな。それに美月だって生身ではない。俺たちの神気を融合する」

「お前たちの神気を融合……?」


 昂はいぶかしげになる。


「ああ、そうだ。それから美月の……陽の巫女の力は身を穢されてしまうと奪われるんだ。だから必ず阻止すると約束しよう」

「怪我ですか。とても怖いですが、絶対に頑張ることを誓います!」


 睡蓮のずれた発言に、昂はガクッと脱力した。


「睡蓮、穢しにだ。くそ、なんでこんなことに……。なあ狛、その穢すというのは一体なんだよ? 力を封じるような呪いでも掛けられるという意味か?」


「呪いですか⁉」と戦慄するその睡蓮から受け取った帯を、狛はシュルシュルと腰に巻き付けて締め直しながら答えた。


「いや、呪詛じゅそではない。ただ純潔じゅんけつを失うからな……。気分の良いものではないだろう。しかも陽の巫女としての能力は失われてしまい、大御神の再降臨は――」

「待て待て待て」


 昂は慌てて睡蓮の両耳をふさぎに行った。

 睡蓮の耳を押さえながら昂は狛に顔を向けると、遠慮がちに訊いた。


「え、えっと……じゅ、純潔?」

「ああ、美月の純潔が奪われる。それがなんだ?」

「な……っ、そんなの絶対に許せるかぁぁ! とととと言うかなんでその……睡蓮の、その、じじじ事情をお前なんかが知っているんだ! いやもちろんこの睡蓮が、あんなことやそんなことをしているわけがないだろうけど……」


 あからさまに取り乱す昂を、白狐と黒狐は「すぐ赤面するー」とケラケラ笑った。

 もごもごと口籠る昂に、狛は面倒そうに答えた。


「陽の巫女というのは、身も心も純真無垢でないと選ばれないそうだ。そういうものなんだろう、諦めろ。しかし先程も言ったが、美月の加護があれば俺たちは強くなる。神気が格段に上がるんだ」

「だからと言って……! 俺は……お前たちの言う伝承ってやつも、いまいち信用出来ない……」

「お前の身に起きたことだけでも十分証明にならないか? いつまでもごちゃごちゃと煩い。付いて来たのはお前だ。いい加減、腹をくくれ!」


 前にも後ろにも進めない状況であるのは明白だ。狛に諭されて、昂は懊悩おうのうしつつも口を開いた。


「信じて……いいんだな?」

「ああ。そう言ってる」


 まとまったようだ。

 昂は捻っていた腰を元に戻して睡蓮に向き直った。だがなぜかそこに睡蓮の姿はない。睡蓮の耳を押さえていたはずの手だけが、虚しく宙に浮いていた。


「はいはーい。劇団してるところ悪いんだけど、もう近くまで来てるよ?」

「ま、その隙に巫女さまゲット出来たから良かったけどな。そんなわけで~――」


 少し離れた場所で、いつの間にか睡蓮を挟んで立っていた二人。

 白狐はそのまま睡蓮を後ろから抱きしめると、胸元に顔をうずめた。黒狐はその場で膝をつき、睡蓮の狩衣の裾をたくし上げ、あらわになった腰へと顔を寄せる。同時に口づけをした。


「「チュートリアルは任せて!」」


 すると三人は一瞬にして、光輝に包まれたのだった。

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