白々と夜が明けていく。
明石大橋だ!
空を横切ってそびえる純白の巨大構造物に思わずみんな目を見開く。
結局徹夜しちゃいましたね。もうすぐ姫路ですよ。
犯人は姫路で仕掛けてくるかな。
鉄警隊がいるから大丈夫ですよ。
そう思いたい。
それに橘が言いだした。
まあ大臣が21号室にこもってれば大丈夫だと思う。あの個室は将棋の「穴熊」みたいなもんで鉄壁の守りだから。問題は「熊」がそこから出てきちゃうことなんだけども、普通、当人が事態を理解してれば出てこないよ。
だと良いんだけど。
その時、何か騒がしくなった。
橘と鷺沢は階下のサンライズツインの個室から廊下に出た。すると上階のシングルデラックスから出てきた大臣と鉄警隊とSPが何か話あっている。うわ、「熊」出てきちゃってるよ……。
「どうしたんですか?」
「いや、お腹すいちゃって」
大臣が言う。
「でも食堂車も車内販売も売店もないんだよなあ。この列車。飲み物も正直ロクなのがないみたいだし」
「大臣からJRに言ってやってください」
「今度そうするよ。ここから出雲市までまだ時間かかる。その間この空腹はキツいよなあ……」
「岡山に着けばお弁当売ってる売店がホームにありますよ。代わりに買ってきましょうか?」
鷺沢が提案する。
「ありがたい! そうしてくれる? お金預けるから」
「いいですよ」
その時だった。人影!!
「大臣!」
鷺沢が叫んだ。同時にSPと鉄警隊が防御姿勢を取って大臣を守る。だが人影は何かを投げつけようとしている! しまった、手榴弾だ! まとめてやられる!
だがその時!
「面!!」
鋭い女性の鬨の声が響き、人影は直後に卒倒した。
「確保!」
鉄警隊がその人影に飛びついて起爆前の手榴弾とともに確保した。
「お見事!」
橘が思わず声をかける。鬨の声は佐々木だった。
佐々木が木刀一閃、殺し屋に鋭い剣道の面を打ったのだった。
この狭い車内の廊下での面打ちは難しいなんてものではないのだが、佐々木の剣の技がそれにしても見事だった。
*
「木刀、来る途中になんかみんな雑魚寝みたいになってる部屋があって」
ミニラウンジにみんながあつまり、佐々木が説明していた。
「あ、12号車のノビノビ座席か」
「こっち来る途中にそこの子供がおみやげに持ってたのを借りて」
「なるほどね」
「犯人は鉄警隊とともに姫路でおろしました。これでもう車内は平和です。犯人の隠れていた個室も見つけました。サンライズ瀬戸の7号車のシングル。このサンライズ出雲との連結部より進行方向側の部屋でした」
「やっぱり瀬戸で逃げる気だったんだなあ」
鷺沢に佐々木がため息をつく。
「内閣に潜んでいたスパイも特定できると思います。大倉参与から返事、もう来てました。その結果でどの国が大臣の暗殺を企てたかもわかるかも」
「しかし朝早いなあ。さすが参与」
「これでようやく本当に楽しい旅になるよ。一晩ずっと緊張してたから」
鷺沢が軽くあくびをする。
「でもこれも思い出になりますわね」
晴山が微笑む。
「そりゃそうだけどさ」
「それよりもうすぐ岡山に着きますよ。ホームの売店のお弁当、大臣の分も買うんですよね」
「そうだった。売店に近いとこに行ってきます!」
鷺沢はラウンジの自動ドアを開け、廊下を前の方に進んでいった。
「もー! 号車とか号室とか数字が色々出てきてごっちゃになりそうで」
佐々木が言う。
「それでも最後の狭い場所での面打ち、お見事でした」
大臣がそう褒める。
「それに部屋も機械の音とかずっとしてて眠れなかった」
佐々木は不満そうだ。
「私にはあの走行音、素敵な音なんですけどねえ」
晴山が言う。
「私、やっぱり鉄道マニアは無理。絶対無理」
「そうかもしれませんわねえ」
その時、橘が車内の自販機から缶コーヒーをいくつも買ってきた。
「みんなのぶんのモーニングコーヒー。ここで朝の風景を見ながら飲むのってすごく優雅だと思う。大臣もどうぞ」
佐々木が缶を受け取ってため息を吐く。
「缶コーヒーなんてどこで飲んでもおなじでしょうに」
そういう佐々木は憮然としている。
「昔は朝餉が出る食堂車があったんだけどなあ。乗る前に廃止されたけど、ホテルの朝食並みのセットが出たらしい。卵料理にクロワッサンとか。そういうところ、今よりずっと文化的な時代に思えちゃうんだよね」
「朝餉、ねえ」
佐々木はコーヒーを飲んだ。
「フレッシュジュースが出た食堂車もあったらしい。客車ビュッフェのオシ16を連結した列車。列車は確か」
「東京-大阪の「彗星」と上野ー青森の「北斗」「北上」、東京ー宇野の「さぬき」や「瀬戸」と上野-青森の「第3・第2十和田」ですね。残念ながら短期間の運転だったみたいですが」
晴山がスラスラと答える。
「フレッシュジュース……」
佐々木がなにか呟いている。
「飲みたい……」
「そりゃタイムマシンでも使わないと無理だよ。今は自販機が精一杯。車内販売まで減らされてるからね」
「タイムマシン、ほしい……」
「え、佐々木さん?」
「朝のフレッシュジュース……」
「オシ16のあとの食堂車で出てたかもしれないですね」
「フレッシュジュース……」
そういう佐々木の目がどこか変わっている。
「佐々木さん?」
「そういえば最近の全国の観光列車のなかにそういうの出してるのがあったような」
「本当!?」
佐々木が俄然、身を乗り出してきた。
「乗りたい! 乗って飲みたい! フレッシュジュース!」
「えええっ、佐々木さん?!」
サンライズは減速を始めた。
「じゃあ、次の事件の解決したら、また大倉参与に奢ってもらいましょうか」
「あ、それいいアイディアだね」
そう言いながら観光列車の写真集をiPadで佐々木に見せている晴山の提案に橘が賛同する。
「いい! 乗りたい! 次、またこういう事件起きないかな!」
「うっ、佐々木さん、それはすごく問題発言だよ……」
「いいの! 起きたらまたマジックパッシュに解決させるから!」
「えええっ、佐々木さん、そういう認識だったの?」
「早く起きないかなー♡」
「佐々木さん……まえから薄々ヤバい人だと思ってたけど」
「ほんとにヤバい人でした」
晴山と橘が目を見合わせて呆れている。
「晴山さん、さっきの写真集また見せて! どのフレッシュジュース列車に乗るか決めちゃいたいから!」
大臣が思わず笑っている。
「楽しそうでいいね」
列車は岡山駅に停車した。
しばらくして買ったお弁当を山のように抱えて鷺沢が戻ってきた。
「鷺沢さん! 次の事件ない?」
「ハイみんなのぶんの朝ごはん買ってきた。え、どうしたの? 佐々木さん、なにそれ」
鷺沢はすっかり当惑している。
「いや、なんというか」
「一人の女性が『鉄道沼』に落ちる瞬間を見ちゃいました……」
四十八願が言う。
「え、マジ?」
鷺沢がまだ理解できないでいる。
「ええ。マジ」
大臣がそう言って肩をすくめた。
こんな夜を経て、サンライズ出雲はここ岡山から伯備線経由で出雲市に向かう。
この出雲旅行のあと、マジックパッシュのみんなが対峙する羽目になる大事件のことを、彼らはまだ知らない。
〈了〉