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第76話 警察官は鉄道マニア?(4)

 車内は再び静寂に戻り、『サンライズ瀬戸・出雲』は熱海を発車し、西へ向かって東海道線を走り続けている。


 犯人、いったいどこに潜んでるんだろう?


 わかんない……。私、そろそろシャワーにいきたい。でも……。


 四十八願がグループLINEに投稿する。


 あ、シャワー室のとこに応援に来た鉄警隊に張ってもらえるかも。佐々木さん、できますよね?


 そりゃそうだけど。


 じゃ、それにお願いしてシャワーいただきます。


 いってらー。


  四十八願のオンラインのサインが消えた。


 でも四十八願さん、こんなときにシャワーって度胸あるのか。


 こういうときだからこそかもしれないけどね。


 そうなのかな。


 ともかく整理しよう。被害者の迷惑系YouTuber・かおすらんちこと鈴木裕也は11号車の2階26号室のシングルデラックスの部屋にいるところを刃物で刺され、そのときにもみ合ったかの物音で1階1号室のサンライズツインのぼく鷺沢と橘が不審に思い階段を登り廊下に出た。そのときに走り去る音などは聞こえなかった。そして12号車からきた車掌さんと合流したところ、ちょうど11号車のいちばん12号車よりにある26号室のドアが開いていることに気づき、そこに入ってさされている彼を発見、息がなかったためすぐに応急措置を開始した。


 それで現場保存なんてできなかったわけね。


 救命のほうが優先だよ。たとえ迷惑系でも。で、必死に止血と胸骨圧迫を行った。


 え、出血してるのに胸骨圧迫なんかしていいの?


 だって心拍が止まってたんだもの。すぐに脳への血流を復活させるほうが優先だよ。それで出血が酷くなってしまうぐらい血流があればそもそも脳は安全だし。それと同時に車掌さんにAEDを持ってきてくれますか、って聞いたら車掌室にある、っていって取りに行ってくれた。AED使うの初めてだったけどAEDを胸に取り付けたら自己診断が働いてショックが作動してくれて彼の心拍は戻った。そのあとも胸骨圧迫と止血をしているうちに佐々木さんと晴山さんが来た。2階向かいの25号室の乗客さんもドアを開けて作業スペースをあけてくれた。


 他の部屋の乗客は?


 隣の24号室、23号室や階下の4号室、3号室、2号室の人も何事かと思ったみたいだけど、どのみち廊下も狭いし野次馬するのもおかしいので出てこなかったみたい。車掌さんが説明したみたいだけど、放送はしなかった。22号室の四十八願や21号室の佐藤大臣もそういう感じだったみたい。車掌さんがそう話してた。


 その車掌さんの話聞けるかなあ。


 あ、さっき熱海で交代しちゃったよ。そのときの車掌さんはJR東日本の東京運輸区の人で、東京から熱海までの乗務だった。そこから今は浜松までのの浜松運輸区の人が乗務してる。浜松からもまた別の人。


 結構細切れに交代するのね。


 そう。昔は通しで東京から出雲市まで米子車掌区の人だったらしいけど、今はバラバラなんだよね。引き継ぎはするみたいだけど。でも熱海で待機してた鉄警隊が聴取してると思う。


 で、横浜で停車してそのYouTuberを救急車に載せ替えて搬送したのね。


 そう。でも意識不明だったのでどんな人間にやられたか、聞けなかった。病院で回復すれば聞けるだろうけど。


 関係者からの聴取は明日朝以降ね。所轄は神奈川県警になるわね。


 とはいえいくつもの沿線の警察が協力で動くから、どっちみち特別捜査本部立てることになるだろうね。警察は縦割りだから広域捜査するにはそれしかない。


 色々改善策を打ってるんだけどこういうのは仕方ないのよね。十津川警部ドラマみたいな体制だったら一番いいんだけどあれはドラマですからね。


 ですよね。ぼくあのドラマ大好きだった。なかでも三橋達也の十津川さんが一番好きでした。


 そんなの聞いてません。でもいまの時点で調べられることが少ないわね。こうしてる間も凶器を持った犯人がこの列車の何処かに息を潜めているかも知れないのに。


 かといって個室で寝たり休んでる人を叩き起こして個室内調べるのも無理だし、まして事件だからって運転打ち切りもできない。もう深夜で振り替えの新幹線もないし、泊まれる宿も確保できない状態の夜に乗客のみなさんを放り出すのはありえないよ。


 そうだけども。


 鉄警隊にお願いして、犯人がこの列車から降りるかもしれないのをねらい、降りなきゃそのまま明日の朝まで車内に閉じ込めとくしかないと思う。

 でも朝、岡山についたら接続列車の新幹線とかも走り出す。実はこのサンライズ、岡山で降りて九州への新幹線に乗り換える人も多いらしい。そのまえに犯人見つけられなかったら手が紛れてしまうけど、それも仕方ないかも。岡山到着直前におはよう放送で車内放送が再開する。そのときに乗客に身元の確認を手分けして、捜査はその後になる、って感じかな。


 鷺沢さん。


 なに?


 そういう捜査計画、ほんとは私達警察官の仕事ですよ。


 え、だって佐々木さん何もしないから。


 鷺沢さん気が早すぎだしそもそも人の仕事にずかずか入り込んでくるのは良くないですよ。それでこれまでいろいろ失敗してませんか?


 ……。


 思い当たることありますね。やっぱり。まったくもう。


 そのとき。


 シャワーいただきました。


 四十八願の返事が来た。


 ぼくもシャワー行くよ。


 鷺沢がそうコメントした。


 いってらっしゃい。でも余計なことはしないでください。警察には警察のちゃんとしたやり方ってのがあるんですから。


 たとえばどんな?


 鷺沢が聞く。


 今は答えられないけど。


 だからぼくが代わりに。


 大きなお世話です!


 佐々木はまた感情的になってしまった。


 そうですね……シャワー行きます。


 そしてケータイのLINEアプリの消えた鷺沢のオンラインのマークに、シングル個室に座っていた佐々木は深い溜め息をついた。


『サンライズ瀬戸・出雲』はなおも西に向かて走り続けている。事件があって横浜ですこし長めに停車したのを取り戻すためか、すこし急いでいるような感じだった。

 浜松まで沼津に23時39分、富士に23時53分、そして0時を回って0時20分に静岡に停車する。浜松着は1時12分。これらの駅では客用ドアが開き乗客の乗降が可能だ。しかし待機していた所轄と乗っている車掌と鉄警隊が見張ることになっている。

 そして浜松をすぎると豊橋、岐阜、米原、大阪に運転停車する。とはいっても乗務員の交代のための停車で客用ドアは開かず乗客の乗降はできない。乗務員ドアのみ開けられるが、それも所轄と鉄警隊が監視することになっている。

 つまり、翌朝5時25分まで、『サンライズ瀬戸・出雲』は走る密室になる。

 だが、犯人も凶器も不明でいったいどこなのかがわからない。


 そういう夜はやたら長く感じられるものである。それは刑事の佐々木も同じだった。

 流れる車窓を見る佐々木の顔には、どうしても憂いの色が乗ってしまうのだった。


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