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第75話 警察官は鉄道マニア?(3)

「被害者は鈴木裕也。職業は……YouTuberということだけど」

 佐々木が捜査用のケータイを読む。

「それも迷惑系。『かおすらんち』のハンドルネームで動画を配信して荒稼ぎしてきた」

 四十八願が言う。

「え、知ってたの? おれ、そういうのそもそも観ないから疎いんだけど、どんなことしてたの?」

 鷺沢が聞く。

「なんの関係も無い通行人の女性に『アダルトビデオで見た人だ!』って叫んだり」

「ひでえな」

 みんなあきれる。

「それが迷惑系たる所以です。そんなのがなんでこのサンライズ出雲に」

「とはいえ彼は被害者よ。救急車に移して今搬送先の病院で手当を受けてる。意識は無かったけど」

「かなりヒドく刺されてたからなあ。でもめった刺しじゃ無いし、むしろ争ったあともそれほどないのが気になるけど」

「防御創はあったんだろうけど……ともあれ横浜の病院で意識が回復次第聴取することになったわ」

「それで犯人なんだけど」

「横浜で降りた客はいません。車掌さんだけで無くやってきた鉄警隊と所轄の応援で確認しました。またJRの切符の販売記録にも横浜までというのはありませんでした」

「その迷惑系が横浜で降りるとかのネタやりそうだけど」

「うわ、迷惑だなあ。東京から横浜だけでサンライズ使っちゃうなんて。残りの横浜から終点出雲市までが無駄になっちゃいますね」

 晴山が言う。

「迷惑系の鈴木は出雲市まで切符買ってたそうです」

「出雲市になんでまた」

「それは不明です。でももうすぐ大きな企画をやる、って予告してたらしいですが」

「なんだろう。またヒドイ迷惑かな」

「そうかもしれないけどなんとも」

「で」

 鷺沢はこの集まっている10号車ラウンジから目を転じていった。

「このサンライズ出雲・瀬戸はほとんどが個室寝台。しかも横浜発車時刻は22時15分。もう夜の10時を回っていて寝ているお客も多いと思う。それにあいにく、乗客をあつめて尋問できる食堂車もロビーカーも無い。あるのはこの8人がやっとのミニロビーだけだ」

「やはり明日朝まで本格的な聴取は保留するしか無いですね」

 佐々木が言う。

「でもサンライズ、これから熱海、沼津、富士、静岡、浜松と止まりますし、そこでは客扱いもありますよ」

 四十八願が注意する。

「でもこの深夜ではそう乗り降りは多くないし、すでにここからの各停車駅にはそれぞれの鉄警隊や所轄に待機して貰っています。降りる客がいたら任意同行かけて聴取するように手配してあります」

 佐々木がそう言う。

「今日の座席の販売状況は」

「岡山までほぼ満席だそうです。12号車のノビノビシートですら満席とのことです」

「サンライズ出雲と瀬戸で158人ずつ、316人ぎっちり乗ってるのか……」

「300人近く今から個室開けて貰ってたたき起こして聴取って無理ですよねえ」

 晴山が言う。

「となるとやはり明日朝まで身動きが取れないけど、その代わりこの中に閉じ込めてしまうしか無いですね」

「でも、犯人は凶器の刃物をもってるんですよね」

「ああ。被害者の部屋には無かった」

「犯人、どっかの個室に刃物持って隠れてるかもしれないんですね」

「危険と言えば危険なんだけど、運転打ち切りはしないことになりました。JRも警察もその方針です。そのかわり各号車に鉄警隊が添乗して備えます」

「明日朝までが勝負か」

「浜松を出ると姫路まで客室ドアは開きませんが、豊橋、岐阜、米原、大阪に運転停車します。その4駅にも配備をかけてあります」

「さすが警察、24時間戦えますだね」

「またネタが古すぎますよ」

 また佐々木があきれたそのとき、車内放送が鳴った。

「おやすみ放送だ。これから岡山到着まで車内放送は緊急の時をのぞいて鳴らない」

「寝台列車らしくていいんですけど、できればこんな事件なしでのんびり聞きながら眠りたかったなあ」

 四十八願がぼやき、晴山もうなずく。

 窓の外を通過する駅の灯りが流れていく。大きめの駅だったので小田原だろうか。

 車窓は再び黒く沈む。リズミカルな列車のジョイント音につつまれた車内は静かでまさにゆりかごのような乗り心地だ。

「せっかくの寝台列車の旅が台無しだよ。犯人恨むぜ」

 橘も言う。

「まあ、でも起きちまった事件は仕方が無い。犠牲者が増えないことと犯人捕まるのを願うしか無い」

「眠れそうに無いですけどね……こんなことあると」

「え、おれはもともと眠る気なんて無かったよ。だってせっかくの寝台列車の夜だよ。眠るなんてもったいない」

「でも数少ない寝台列車の寝心地を堪能したい気も」

「テツならではの寝台列車のジレンマ!」

「こんなときになにいってるんですか… 」

 鷺沢の言葉に佐々木は更にまたあきれた。

「23時です。もうすぐ熱海に着きますね」

「犯人とっとと捕まってくれないかな」

「犯人も必死だからなかなか時間かかると思いますよ」

 晴山が言う。

「被害者も犯人も絶対ゆるさん」

 四十八願はそう子どもっぽく言う。

「犯人もそうだったのかな。迷惑系YouTuberを制裁する? とか」

「イヤな世の中になってしまいましたよね」

「でもプラットフォーマーはどうあろうと得する一方。そろそろプラットフォーマーに規制かけないと、もっとひどい迷惑系がでるだろうね」

「メーワクなら最近はタガが緩んで国を挙げてよその国にメーワクかけても平気なとこもありますけどね」

「ああ、あるよね。たしかに」

 鷺沢が嘆く。

「でも国になると罰することも出来ない。結局国でよそを侵略すると侵略者のほうが結果として有利になってしまった」

「みんな我が身かわいさに支援もケチりますからね。それに犠牲者多過ぎだけど、結局ああいう国の指導者はそんなのお構いなしだもんなあ。こんなんじゃたまったもんじゃない」

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