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第74話 警察官は鉄道マニア?(2)

『サンライズ瀬戸・出雲』は21時50分の定刻通り、東京を発車した。

 東京を出て東海道線を横浜方向へ走る列車の中では、車内放送が流れるなか、車掌さんが切符の確認にドアをノックして回っている。途中の通過駅では列車を待っている人々の前を通り過ぎる。


 個室だらけでみんなで集まれるのは10号車のラウンジだけ。それも夜中はあまり大きな声出せないから、やりとりはこのグループLINEでしようね。


 佐々木の元にもLINEのグループ「マジックパッシュ」で鷺沢からメッセージが届く。


 四十八願、シングルデラックスの乗り心地はどう?


 めちゃくちゃイイですよ。あんまり揺れないし、部屋も狭いはずなのに広い感じで。これたぶん、鏡を駆使した内装のおかげですね。


 内装はたしかミサワホームが担当してると思う。木目つかっててスゴく良いよね。


 トランスイート四季島やトワイライトエクスプレス瑞風、ななつ星in九州と豪華列車が一杯ありますけど、私はこういうのが一番好きです。十分豪華だと思うし!


  それをみて佐々木も微笑んでいた。楽しい旅らしくてとてもステキだ。


 でも大倉参与、手配してくれた切符は四十八願の分だけなんだよなあ。残りはぼくが10時うちして手配したんだよなー。参与そういうとこケチだよなー。


  10時うちとは乗車日の1カ月前の10時から一斉に発売される列車の切符を狙って取ることを言う。レアな席の切符はその10時にオンラインで予約かけても争奪が激しくすぐ売り切れになる。とくにサンライズのシングルデラックス以上にレアなのがサンライズツインである。シングルデラックスはサンライズ出雲に6部屋しか無いのだが、ツインは更に少ない4部屋しか無いのだ。


 だから内閣参与まで出世できるんですよ。


 そうなのかな。あと四十八願、車掌さんからアメニティセットもらった? A寝台のお客だけもらえるんだよね。


 もらいましたよ。でも使わないで記念にとっておきます。これ収めた巾着、このサンライズのデザインになっててすごく可愛くてステキですもの。


 それがいいとおもうよ。


 橘さんと鷺沢さんで2人1部屋なんですね。


 そりゃそうだよ。年頃の女の子と一緒の部屋とか、間違いが起きかねない。危険危険。


 何が危険なんですか。


  佐々木の書き込みが表示される。


 でもこの部屋、うるさくないですか? なんかゴリゴリ言う音も聞こえるし。


 あ、連結器の音だね。12号車の11番と12番は車両の端の連結器に近いし、そのうえそういやモーター車だった。


 だから機械の音がスゴいんですか?


 え、晴山さん、そんなうるさい?


 静かでは無いですけど、でも私にはちょうど良い感じですよ。


 佐々木さん、部屋代わろうか。でも代わると橘と相部屋になるよ。


 それはいや。


 だろうなあ。で、佐藤議員はこの11号車の21番だね。ちゃんとシングルデラックスだ。


 議員さんだもの。そりゃそうでしょうね。


 別に手配して貰ったのかな。


 そうかも。


  そのときだった。


 なんだいまの声!


  鷺沢が書き込む。


 鷺沢さん、どうしたんですか?


  LINEへの書き込みも既読のサインもない。


 どうしたんでしょう?


 なんか変なドタバタって音と、悲鳴みたいなのが聞こえたけど……。


  四十八願が書き込む。


 心配なので見に行きますね。


 おねがいします!


  そしてしばらくたった。


 晴山さん、四十八願さんも既読も点かないですね。


 そうですね。心配なので私たちも11号車に行きましょうか?


 そうですね。


 佐々木は開けようと思って窓際においていた缶ビールをちらっとみた。その向こうの窓には併走する京浜東北線の電車と、その車内のくたびれた顔の乗客が見える。

 何も無ければ、これ、すごく優雅で良いんだけどなあ……。

 佐々木はそう思った。

 いつも乗っている電車とは違うこのサンライズ号の風情に、佐々木も感じるところがあるのだ。この列車でベッドで横になりながらみると、日常乗ってる同じ鉄道の線路が全く違って見える。これから12時間このなかにいることになるのだが、狭い個室とは言えこの狭さも面白く、退屈しそうに無い。とくにまるで子どもの頃遊んだ『秘密基地』のような不思議な楽しさがある。

 明かりも暖かい色で、窓も個室で独り占めなので大きく感じられるし、ブラインドもあるので隠れることも出来るが、開けておけば夜空を見上げながら寝られる。なんともゆめゆめしくて面白い。

 決して安くはないサンライズの料金だが、でもこれはやみつきになる人間がでるのも理解できそうだ。

 ……えっ、理解?

 私、何テツのことを理解しちゃおうとしてるの?

 佐々木は動揺したが、思い出した。

 そうそう、11号車で何か起きたんだ。


 そして佐々木が自分の個室のドアに暗証番号でロックをかけて行くと、4号車でうめく声が聞こえた。

「次の横浜に救急車が待ってます! しっかりしてください!」

 さらに車掌の声が響いた。

 ええっ!

「どうしました!?」

 佐々木はのぞき込みながら警察手帳を見せた。

「お客様が刺されました。鉄警隊と救急車が横浜で待機してます」

 車掌の言葉に佐々木は慣れているとは言え、なんてことだと思った。

「被害者の状態は?」

 サンライズ11号車の廊下は狭く、人が行き違うのがやっとの幅しかないので、デッキのところで車掌と話をする。

「お客様に救急法が出来る方がいらっしゃって、いま止血措置などしてもらっています」

 橘と鷺沢だ!

「よかったよ。止血措置、講習で習ってたから」

 鷺沢の声。

「でもこれ、この列車はこれで運休になっちまうのかな」

「今輸送指令に問い合わせています!」

 鷺沢といっしょに措置している橘に車掌が答える。

「鷺沢さん……」

 そこで不安そうな声は四十八願だった。

「四十八願さん!」

 佐々木が呼ぶと、四十八願がこの車両の2階の個室から降りる階段で廊下にやってきた。

「大丈夫。私もみんなも守るから」

 小柄な四十八願が佐々木に抱きついてきた。佐々木はそれを抱いて包む。

「大丈夫」

 四十八願は少し震えている。

 そういえば四十八願は手練れのハッカーでも、こういう事件の現場に遭遇するのは初めてでは無いだろうか。忘れかけていたが。

「大丈夫」

 佐々木は繰り返したそのとき、自動放送のチャイムのあとに、まもなく列車が横浜駅に到着する案内がこれも自動で鳴り、列車は減速を開始した。

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