「
他のホームは会社などからの帰宅とおぼしき人々が多いが、ここだけは大きなスーツケースを持ったいかにもの旅人が集まっている。
「『祭』に夜食のお弁当買いに行ったみたいなんですが、なかなか戻ってきませんね」
晴山が答える。『祭』とは東京駅在来線ホームの下にある駅弁売り場である。日本全国の数々の駅弁がそろっている。
「もうサンライズ入線しちまうよ。21時25分入線なのに」
サンライズとは285系寝台電車である。サンライズ出雲・サンライズ瀬戸という現在数少ない定期運転している夜行寝台列車なのだ。
事件解決に功績のあった四十八願に内閣参与・大倉が手配してくれたこの列車の切符を有効活用しようと他のみんなも同じ列車の切符を買ったのである。
鷺沢と晴山はスーツケースを5個並べて何かを待っている。
「入線シーン、代わりに鷺沢さんが撮ってあげては?」
晴山が提案する。
「そうだね!」
鷺沢がケータイを構える。
「電車が入って来るところ撮るの?」
熱心な鷺沢に佐々木がいつものようにあきれている。
「だってこれから乗る列車にご挨拶みたいなもんだよ。でなきゃ列車に失礼だよ」
鷺沢が説明する。
「意味わかんない……」
「それより佐々木さん、シャワーカードの確保お願いします。四十八願のA寝台はシャワーカードついてるけど僕らにはないので」
「え、カード式なの?」
「ええ。争奪激しくすぐ売り切れになるのでお願いします。11号車のドアから入って廊下を左に曲がってすぐの10号車にカード販売機があるので。4枚お願いします。小銭と千円札使えるので。あります?」
「あるけど……仕方ないなあ」
佐々木がその11号車の乗車位置を確かめる。
「あれ、11号車って四十八願さんや鷺沢さん、橘さんの乗る車両じゃないですか」
「そう。11号車の階下1番のサンライズツインがぼくと橘。その上の22番シングルデラックスが四十八願。12号車11番と12番のシングルが佐々木さんと晴山さん」
「じゃあ鷺沢さんがシャワーカード買えば良いじゃ無いですか」
「いや、列車が来たらやること多くて忙しくなるから」
「なんに忙しいんですか」
「まず入線撮って、個室で録音録画のセット。できるだけ乗車直後の車内放送も録りたい。そしてセットが終わったらいったんホームから車両観察。模型で改良品のこのサンライズがでるから、それのグレードアップ改造のネタを探したいの。屋根の上の汚れとかホントはみたいんだけど無理なんだよなあ」
「汚れ?」
「ウェザリング。それやると模型の列車がすごくリアルになるんだけど、実際の汚れを参考にしないとリアルにならない」
「そんなに鉄道模型が好きなの?」
「模型鉄だってぼく、自己紹介してたよね」
「……そうでした」
佐々木は更にあきれる。
「おまたせしました!」
そこに四十八願が大きなレジ袋を両手にしてやってきた。
「夜食と飲み物です。鷺沢さんと佐々木さんにはお酒も」
「獺祭?」
「そうですよー。あと缶ビール。お弁当は5人分で肉系と海鮮系を揃えました。好きなの選んでください」
「ありがとう! さすが!」
「鷺沢さんの『さすが』聞くの複雑なんですよね。さすがって言うのがいいマネジメントの潤滑剤になるってコラム、教えてくれたの鷺沢さんだし。なんかそれ早速応用してるのかなと」
「えええっ、そんな。自然とそう言っちゃってるだけなのに」
「鷺沢さんわりと自分の言ったこと、忘れますよね」
「だって歳なんだもん。いちいち覚えてないよ」
「歳を理由にしないでください」
そのとき、ホームの放送が鳴った。
「入線だ! 撮るよ! 四十八願も」
「もう準備してあります」
その四十八願の手にはジンバル付きのデジタルカメラ。相変わらず手早い。
二人で撮影しているのを晴山は微笑ましく、佐々木はあきれてみている。
「ほんと、鉄道好きなんだよね、このマジックパッシュのみんな」
橘が言う。
「夏に鉄道模型をビッグサイトで展示するって」
「そうそう、JAM国際鉄道模型コンベンションってので展示してる。あれ出展料高いから彼ら必死にバイトしてるんだよね。模型も作りながら」
「それでなにかになるんですか」
「なんにも。賞もなければ賞品も賞金もなんもない。でもそれに毎年2万人集まるんだ」
「賞もないのはしょうもないですねほんと」
佐々木はそう言った後、はっと気づいた。
「佐々木さん!」
全員がジト目で見つめている。
「今の忘れて!」
佐々木は真っ青になって慌てている。
「ダメですよ。口から出たら戻せません」
鷺沢が笑う。
「佐々木さん、そんなだじゃれ言う人だったんですね」
四十八願が詰める。
「でもそういう意外な面、ステキですわ」
晴山は微笑んでいる。
「あーあ、弱み握られちゃいましたね。それも一番イヤな連中に」
橘も笑う。
「一生の不覚……」
佐々木はずーんと落ち込んでいる。
「あれ、あなたたち」
そこに声がかかった。みると大臣・佐藤利樹だった。
「えっ。佐藤さんもサンライズに?」
「出雲に出張だったんだけど国会対応終わったらもう飛行機も宿も取れなくて。じゃあ、ってせっかくだからこれに乗ろうと」
「おつかれさまです」
「あっちの方を選挙区にしてる国会議員でこの列車好きだって人多くて。どんなもんかみてみたい」
「イイと思いますよ。地方創生のヒントになることもいろいろあると思います」
鷺沢がそう言う。
「仕事抜きで乗りたいって人もいるけど、個人的には生きてる全てが仕事になるってのもいいもんだと思うんだ」
「充実してるんですね」
「私は政治家は私の天職だと思ってる。今時珍しいと思うけど、人の話をよく聞いて人々の生活をよく出来るのはほんとうにやりがいがある仕事だ。割に合わないって思うのもいるみたいだけどね。私はそうじゃない」
佐々木はその言葉にみんな感心してるのかと思ったが、鷺沢も四十八願も晴山も、入線してホームに横付けになるサンライズ出雲・瀬戸に夢中なだけだった。
「ほんと、なんなの……」
「私はステキだと思うよ。こんな夢中になれるモノがあるのはいいことだと」
佐藤はそううなずく。
「ドアあくよ! 佐々木さん、シャワーカード確保の用意して!」
「仕方ないなあ」
こうして、マジックパッシュ一行の寝台列車「サンライズ出雲」乗車12時間の旅が始まろうとしている。