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第72話 容疑者は防空識別圏?(9)

 そして夜が明けた。

「結局夜更かししちゃいましたね。おはようございます」

「うわ、もう10時だ」

「鷺沢さん、仕事は?」

「リモートのシフト制バイトだから今日は休み」

「そうなんですか」

「佐々木さんは?」

「もう帰っちゃいましたよ。佐々木さんお勤めもあるし」

「そうか……で、参与のわかる、ってなんだったんだろ」

「なんでしょうね」

 そのとき、晴山が気づいた。

「まさか、これ?」

 その見せたウェブニュースには、『中国が国防相を解任 外相に続く主要閣僚交代』の見出しがあった。

「動静不明だったけど、まさか!」

「そういうことなんでしょうね」

 晴山の答えたそのとき、佐々木からマジックパッシュのPCにzoomのリクエストが来た。


「昨日夜、日本の外相が中国の大使を呼んで、そのリストを突きつけたんだそうです」


 その様子は、佐々木の言葉からするとこういうもののようだった。



 外務省の大臣接見室。障子をモチーフにした和風の部屋に日本の国旗が飾られている。中国大使は呼ばれてこの部屋に入って、寸時待つと大臣が現れ「どうぞおかけください」と促し、大使が座ると奥側の大きな生け花を背にした席に大臣も座った。


 外務大臣が大使に向かってとぼけた口調で言う。

「我が国の警察が軽微な連続放火事件かと調べてたら、それに関係するリストになんと、貴国の痕跡が出てきましてね。まあ、何かの勘違いのようで、我が政府も警察にまさかそんなことはしないであろう、とストップをかけましたよ。現場というものは往々にして暴走しますからね。

 ところで貴国、最近なにかいろいろ物資を集積してるような話を伺っております。とはいえ貴国の春節ではないし、春節だとしても移動に航空燃料や食品は必要かもしれないけど、貴国は爆竹のかわりに『弾薬』をつかうものですかね。ちょっと合点がいかないのでこれもストップをかけております。

 台湾海峡にも貴国の船が集まっているようですし。季節外れの春節、にぎやかそうでいいですね。コロナ禍も抜けたし、貴国もいよいよ、ですかね」

「なんのことでしょう」

 中国大使は冷静に答える。

「季節外れの貴国の春節、我が国もお祝いしたいものです。海底と北海道から」

 そういって外務大臣は3枚の写真を見せた。

「お祝いに。よく撮れているのでご覧に入れようと」

 その写真は、中国空母『遼寧』『山東』『福建』を海面から撮ったとおぼしき写真だった。それぞれ艦載機を発艦させつつある状態で、それを海面すれすれから撮っている構図である。

「これもまたお互いの『現場の暴走』ですかね。いや参りましたな。よく言っておかなくてはいけませんなあ。これもストップですよ。ストップがこのところ多くて困ります」

 写真を大臣はしまった。

「まさか現在世界第二の大国が、やりませんよね」

「何をです?」

 中国大使が聞いた。

「え、季節外れの春節のお祝いですよ」

 大臣は笑った。

「なんだと思ったんですか?」

 そして大臣は目をそらして言った。

「まさか台湾侵攻、とでも思いました?」

 中国大使のこめかみがピクッと動いた。

「まさか、ですよね。ほんと。今時そんな時代錯誤はしませんよ貴国は。ははは、はは、は」

 大臣は笑った。

「まあ、信頼してお祝いを申し上げたまでですよ。貴国の季節外れ春節の。ベつにバレてるって脅してるわけじゃないんです。全く。そんなことをしたら、経済力を誇って後進国に賄賂と恫喝と債務を使って取り入ってる『どっかの国』と同じになってしまいますからね」

 中国大使のこめかみがまた動いた。

「以上です。国家主席閣下にはくれぐれもよろしくお伝えください」

 大臣は切り上げ、大使は一礼して去った。


 それを見送って大臣は電話を取った。

「大倉参与、これでいいですかな?」

「おつかれさまでした」

 参与は首相官邸にある部屋の執務机の椅子に座って電話を受け、そうねぎらった。

「全く気づかぬうちに発艦作業中の空母に潜水艦の接近と潜望鏡からの撮影を許した大失態、彼の国には衝撃を与えるでしょう。撃沈寸前までなにもできなかったわけですから。この『準備』で手一杯だった国防大臣は多分クビでしょうね。でも準備そのものはこのままでしょう。大砲にもう弾は装填している。それをやめるのが難しいのはどこもそうです。ここまで我が国も放置してしまったのは反省し検証せねばいけません」

 大臣はそう話した。

「どうやったら大砲からすでに装填してしまった弾を撃たずに抜かせられるか。外務省としても難しいとしか言えない。でも、それができないとみんな不幸になる。戦争とはそういう政治の失敗です。でも、ひたすら知恵を絞るしかないでしょう」

 参与は電話の向こうが見えないのに頭を下げた。

「ありがとう。でも、これからがたいへんだ」

「おっしゃるとおりです」



「いったい、これからどうなっちまうんだろうなあ」

 鷺沢はマジックパッシュの天井を見た。

「でも、前に鷺沢さん、言ってたじゃないですか」

 四十八願が言う。

「え、なにを?」

「追い詰められたときこそ言うんだ、って。『さて、ようやく面白くなってきました!』って」

「え、ぼく、そんなこと言ったっけ」

「忘れてるんですか。もう」

 ガッカリしている四十八願に、鷺沢はちょっと考えたあと、言った。

「でも、そうかもしれないな」


<容疑者は防空識別圏? 了>


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