「そのAIに吐かせたんですが、どうやら」
四十八願が画面を見せる。そこにはATLAという文字と紋章。
「このATLA、って、……防衛装備庁じゃないですか!」
「ひいい、藤原さーん!」
「前の話の藤原さんは自衛隊内の監査の配置なので、制度の建付け的にはこっちには動けませんね。多分」
「でもそうか、巨額になった防衛予算全体に比べれば生成AIの維持費はごく僅かだ」
「使い捨てのミサイル一発5000万とか1億円の世界ですからね。桁的に普通に野良させても気にならないでしょう」
「でも税金の話だよこれ。洒落にならん!」
「ホントそうですよね……それは別においおい追及してもらうところだと思います」
「酷い話だ。でもそれならなんとなく防空識別圏とつながる予感がしちゃうね」
「直接は繋がらないでしょう。でも間接的にならありえますね」
「どっか自衛隊のネットワークに穴が開いてるのかな」
「それは危険すぎるので調べました。それではないようです」
「じゃあなんでまた」
「自衛隊のネットワークからでなくても、防衛識別圏への侵入がわかる方法があります」
「なんだろう?」
「主語を変えればいいんです。侵入を察知する側ではなく、侵入する側に」
「ええっ、ってことは海外!?」
「そういうことです。この生成AI、海外の情報を蓄積してて、その中に海外のそういう軍事用ネットワークの穴や穴と繋がってる同じような生成AIボットとの通信記録もあります」
「そうか、日本だけそういうことしてるわけじゃないのか」
「どこでも税金の無駄遣いはありえますからね。そしてAI使うのによく考えない人々も度の国にもいます」
「そうなのか……でもいきなりこれで終わっちゃったね、話が」
「いわゆるデウス・エクス・マキナ、機械仕掛けの神の登場でしたね。まさしく」
「なんだかなあ」
鷺沢も晴山も呆れている。
「でも話が完全に終わったわけではないんです。なんで今このAIが子どもたちに『闇おつかい』させたのか。生成AIにそんな能力はないと思ったんですが、そうなる理由は見つかりました」
「理由?」
「ええ。AIが『闇おつかい』で知らせたかったことです。おそらく初日爆弾事件の『太郎』もそれを知って、いま姿を隠しているんだと思います。それは、重大な危機のことです」
「なんだろう?」
「実は、中国の国内通信の量が急激に増えてて情報通信関係者の間で密かに噂がされてたんです。それと中国人撮り鉄が何人か逮捕されたという話も」
「中国はもともと鉄道施設の撮影にいい顔をしない国だ。でもそれで逮捕者なんて聞いたことがない。それが話題になるってことは……本当に撮ってほしくないものが撮られたのかな。中国政府」
「そうでしょうね」
「まさか……台湾侵攻の準備が始まった?」
「ええ」
「なんてこった。でもそうだろうな。そんなトップシークレット、戦争準備のための鉄道物資輸送の増大なんて知られる訳にはいかない。当然逮捕するよね」
「でも逮捕そのものは隠蔽できない。中国政府は隠そうとしても中国のSNS『微博(ウェイボー)』では知られてしまっている」
「日本政府がもともと型落ちでもいいからってアメリカから大量に巡航ミサイルを買ってたのはそのせいだったのか」
「数を揃えないと話になりませんからね。弾切れは一番恐ろしい」
「ということは台湾侵攻が秒読み段階に」
「でしょうね。そしてそれに伴って中国も軍用生成AIボットを実験していた。日本の防衛用生成AIボットも反応している。だけど日本側のは開発が止まって野良ボットになっている」
「日本のは実験用だけど、中国もなんでまた生成ボットを軍用に?」
「おそらくそういうSNS監視用でしょうね」
「中国は更に国内を言論統制する気なのか」
「生成AIとああいう専制的な独裁は相性がめちゃくちゃ悪いです。事実、中国製の生成AIが中国共産党を批判する答えを出して取り締まられた一件もありました。だからよけい共産党体制と共存できる生成AIを作ろうとしたのでしょう。それによって体制の維持をAIでもSNS上でも確実にすると共に日本をはじめとする西側にAI開発技術で優位に立とうとした……そんなところでしょう」
「まさか日本も?」
「そういう利用法もありえるというので実験してたと思われます。でもバレたらたいへんなことになるので」
「あ、だから開発中止で野良ボットに」
「そういうことです。税金でここまで作っておいてダメでしたは困るし、かといって有効活用のアイディアもない。そのスキマで野良化していた」
「それに『太郎』が気づいたのか」
「ええ。でも『太郎』自身も身動きが取りにくい。そのなかで『花子』に接触しつつある我々に気づき、そしてヒントとしてあのSDカードを隠した。中国の生成AIが収集した情報の一つなのでしょう。中国人民解放軍のために収集したのだと思います。まあ当の中国軍はすでに別ルートで手に入れていたでしょうけれども」
「そういうことだったのか……。でもそうなると、本当にたいへんなことに!」
「ええ。ただ……」
「何?」
「このこと、察してる人がいるんです。佐々木さんからの報告と起きていることで推察しちゃった人」
「誰だろう」
「元刑事で、私たちの存在を知ってて、しかも公安部だけでなく公安調査庁もすべて把握している人」
「まさか……大倉参与?」
「そうです。あの人は同じ結論に達しそうな気がします」
「そんな」
そのとき、呼び鈴が鳴った。
「佐々木さんです」
「大倉参与から直々に、あなたたちの調査結果を渡すように、って」
「やっぱり」
「でもどうするんでしょうね」
「大倉参与、言ってた。あなたたちはファインプレーしてくれた。だからここからはプロのプレーを見せてあげるわ、って」
「なんだろうそれ」
「わかんない……明日になればわかる、って」
「明日? なんかあったかな」