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第70話 容疑者は防空識別圏?(7)

 海老名署で佐々木はため息をフーっと吐いた。

「アマギフですね。しかたない。私達も今のところ袋小路だし。あと一息だけど」

「あと一息? なにか掴んだんですか?」 

「火をつけた実行犯を見つけたわ。不審火18件ぶん。でも犯人は18人の別々の子供だった」

「全部個別犯? なんでまた」

「結局捕まえたけど少年法の範疇だし、しかも全員初犯。放火の対象はすべて建造物以外だし、被害もぼや程度で終わっている。しかも全員とても反省している。犯罪としては非常に軽微になる。殆どが保護観察処分か重くても少年院送致、検察官逆送はないだろう、って」

「でもなんでまた短期間に一斉に?」

「それが、その犯人の子供の聴取では、みんな匿名化アプリで集められてネットギフトコード5000円分くれるのでやった、ってことらしいのよ」

「じゃあ集めた黒幕がいるのか」

「そう。『闇バイト』というか『闇お駄賃』だったみたいね。お駄賃としては5000円はたしかに刺激が強い。で、その集めたやつがだれかを調べてる。でも匿名化アプリ、ロシア製でサーバの開示請求になかなか応じないだろうし、今回の連続放火の重さを考えるとほぼ無理」

「なるほど袋小路なわけだ。で、これで終わっちゃうかもしれないのかな。その黒幕は被疑者不詳で」

「そうなりそうなのよね。他にも事件はいっぱいあるし」

「そうだよなあ、この件に集中するのは難しそうだ」

「事件に大きいも小さいもない、っていうけど、現実にはそうなってしまう」

 佐々木はそういうが、割り切れない何かを持っているようだ。

「報酬のアマギフもらってぼくらもこの件はおわりかな。なんだかすごくモニョるけど」

「そうね……」

 鷺沢は佐々木をみつめた。

「佐々木さん、なんかそうじゃないという感じ?」

「いや、なんでもないです」

「ぼく個人の経験なんだけどね。警察ではできるかわからないけど」

 鷺沢が言い出した。

「迷ったときはできるだけ後悔のないようにしたほうがいいんです。悪い妥協をすると後悔がどんどん蓄積されてしまう。それは人生の重荷になる。『妥協は、強さではなく弱さの証拠である』って昔の人の言葉にもあります。そこまで強くなくても『妥協は自分自身を裏切ることだ』みたいな言葉はいくつもある。それができればいいんだけどなあ、って私もよく思います。この世の中ではそういう我慢をよく強いられるし、それに慣れてしまうことはもっと恐ろしい」

 佐々木は考えている。

「程度によるけれども、しなくていい妥協を見つけることはもっと大事です。妥協はそういう意味で人生の芸術だって言葉もある」

 鷺沢はいう。

「なんとなくですけどね、佐々木さんのそういうとこ、ぼくには興味深いんです」



「それで継続調査にしちゃったんですね。また安請け合いして」

 マジックパッシュに戻ってきた鷺沢に四十八願が言う。

「しかたないよ、あんな顔見たらそう言いたくなるもの」

「鷺沢さん、佐々木さんのこと」

「んなわけないよ。あんだけキモがられてるのに」

「でも鷺沢さんの好みですわね。ああいう女性」

「晴山さんまで。そんなんじゃないってのに」

「で、ちゃんとその分の追加報酬、話ししてきましたね」

「したよ。一応」

「一応?」

「言いにくくてね」

「ほんと安請け合いだなー!」

 四十八願がブーイングする。

「というか四十八願、きみ性格変わってない?」

「もとからこうでしたよ。鷺沢さんが鈍くて気づかなかっただけです」

「そうなのかな」

 四十八願はぷいっと椅子を回してPCに向かった。

「とっとと終わらせましょう。私も結局そうなるかなと思っていろいろ調べてました」

「先にやってたの?」

「そしたら、前に話してた生成AIボットでこんなのがあったんです」

「『MythMuse』? なにそれ。聞いたことないなあ」

「そりゃそうですよ。流行ってもないし、素性もわからない。使ったウェブ仲間にも評判が良くない。『こっちが質問すると質問を返してきてやってて疲れる』ってことで」

「なんだそのウザイの」

「たぶん生成AI特有の現象、ハルシネーションを減らすためにそう実装されてるんでしょうね。あんまりいい実装のしかたとは思えないんですが、そのせいでも流行ってない」

「それなのにそれにお金払い続けて維持してるやつがいるんだろうなあ」

「それも考えたんですが、普通にやっててもそんなのわかるわけ無いです」

「じゃあ、普通じゃない方法で?」

「ええ。プロンプトインジェクションをしかけてみました」

「生成AIの口を割らせたのか」

「そういうことです。そしたら出てくる出てくる」

「AI口軽いもんね。ゾッとする」

「開発者、資金源、そして開発計画当時の説明のパワーポイントのファイルまで出てきました」

「ひいいい、AIクチ軽すぎだよ、というか、セキュリティどうなってるの?」

「それが、その生成AIボット、今野良ボットになってるみたいなんです。開発者も管理者も逃げちゃった」

「うっ、そんなことが」

「維持費もすでに切れてるんですが、締め日の関係でまだ完全停止されてない」

「まさかその締め日が来るまでの間、その維持費を出してくれる相手を探してる?」

「そんな感じです」

「まるで意志持って生き延びようとしてるみたいだ」

「生成AIには意志はないはずなんですが、彼らには人間にそう見せかける要素がいくつもありますね。現状でも」

「これからますますそうなるのかなあ。でもその開発者って、誰?」

「それが……」


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