「お散歩でそんなもの見つけたんですね」
四十八願が迎える。
「わかっててもああいう施設には独特の不気味さがあるね」
子ども食堂マジックパッシュに戻って鷺沢がそう感想を言う。晴山もうなずいている。
「久しぶりの散歩、気持ちよかったね。こういう季節はホントによい」
「ええ」
晴山は穏やかに微笑んでいる。
「私もちょっと気になるものがあって」
四十八願が記録を見せる。
「ネット上には現在、生成AIを使ったボットがすでにいくつか存在しています。不思議といえば不思議なんですよね。生成AI、作るだけでも100万から1億円、運用だけでも毎月10万から100万円かかるのが常識です。それをなんで資金の回収できないウェブボットなんかに使っちゃうのか。よほどお金をドブに捨てたいのかな、って感じがします」
「何か見返りがあるんだろうか?」
鷺沢の疑問に、四十八願が答える。
「思いつかない。言語モデルの学習の拡充だったらもっといいデータソースがありそうなものですから。誰が答えるか責任の所在がわからないデータを使うのは生成AIの大きな弱点を拡大してしまう。すでに生成AI、ちゃんとしたデータ使っているはずなのにそのデータソースが一部不正なデータを収集提供していたという疑惑で公開停止に追い込まれている例がいくつもあります」
「理屈が合わないのか……」
「そうです。それに生成AIボット、ネットユーザーと対話させているとAIのハルシネーションを誤解される可能性もあります。それでもし事故がおきたら訴訟リスクもあります」
「事故って」
「生成AI、まだ数字は出てませんが、対話型のものに愚痴を聞かせているユーザーも多いと思います。AI相手ならAIは疲れも知らないしどんな深夜でも答えてくれます。ただそういう使い方をしてそのログがAI提供側に使われて、ナイショ話のはずが秘密の漏洩を起こすリスクもあります。それでもそのリスクを承知で使っている人もかなりいるようです」
「四十八願は?」
「正直、少し使ってます」
「そうだよなあ。ぼくもぶっちゃけ使ってる。真夜中、考えが暴れだすことがあって。そういうときに処方薬のんでもすぐ眠れないし、かといって内緒のつもりでウェブにそれ書くのはリスクが大すぎる。それでAIに話すことがある」
「でもそれらには規約的なもので制限を設けるのが普通です。でなければユーザーのそういう悩みに無責任に答えて、その結果ユーザーが事故を起こすことはありえます。それで訴訟沙汰になった例もあります」
「だよなあ……利益はなくてリスクだらけだ。生成AIボット、なんのためにやってるかさっぱりわからん。でも実在するの?」
「ええ。実在してます。しかも素性が全くわからない」
「怪しいなあ……同時に不思議だ」
「それとこのリストですよね。ここまでの不審火が携帯電話基地局付近で起きているようです。さすがに基地局そのものへの放火ではないのですが、基地局近くのゴミ集積場、空き家、放置自転車やバイクなどの普通の可燃物に火をつけているような感じですね。電気火災でもないようだし自然発火でもなさそうです」
「それと防空識別圏への不審機接近に弱い相関か……もしかすると携帯基地局の設置に反対する連中じゃないかな。5Gの電波で体の具合悪くしたとかで反対運動起こしてるのいるよね」
「事実この海老名市では健康被害があるという反対運動で設置された基地局が撤去されたことがあります。しかし警察の捜査ではその関係者にその不審火に関係しそうな不審者はいなかった。発火の時間のアリバイもあるしそれも確認済みだそうです」
「じゃあ誰なんだろう?」
「今のところ見当もつかないです」
みんなは考え込んだ。
「なんか別の共通点はないのかなあ。消防署も調べてるはずだけどなにか掴んでないかな」
「ちょっと当たってみます」
「あ、そうだ、佐々木さんに今回のギャラ請求しないと」
「え、まだしてないんですか!?」
晴山と四十八願が驚く。
「佐々木さん、また変な事件押し付けられたって嘆いてて。どういう話?って聞いたのが発端なんだけど、そこからビッグデータだのAI分析の話になって。それでいつのまにか調べてた」
「ええっ、じゃあ私たちこの件でタダ働き!?」
「鷺沢さん、安請け合いしすぎです!」
非難ゴーゴーである。
「だって佐々木さん困ってそうだったし」
「佐々木さんは正規雇用の刑事ですよ? ずっと雇用安定しててしかも高給取りです。なんでそれにタダ働き奉仕するんですか!」
「そりゃそうだよね。でも佐々木さん、ほっとけないんだよなあ」
「えっ、下心ですか?」
「そんなんじゃないよ。ただ、なんで佐々木さん、県警本部から海老名なんかきてずっとくすぶってんのかなあ、って。ここまでのキャリア考えるとよっぽど何かあったんだろうな、って思えてきて」
「それとこれとは別です。請求するものをちゃんとしないとわれわれもビンボーになるし、世の中もおかしくなります」
四十八願はぴしゃりと言う。
「だよなあ。世の中、物価も公的負担率もここまで上がってるのになんでぼくらの収入ほとんど増えないんだろうなあ。昔あった『チーズはどこに行った』って本みたいな」
「それなのに生成AIボットなんてよくわからないものに多額の資金突っ込んでる誰かもいるんですよね」
「世の中どうなっちゃってるんだろうね。ほんと。で、報酬に何リクエストしよう?」
「今度の鉄道模型合唱で使う材料一式にしましょうか」
「え、ピンキリも良いところだけど……どう注文する?」
「決まってるじゃないですか。こういうときのア・マ・ギ・フ♡ですよ」
「ぼくたち、警察にそんなもんリクエストして、あとで本当に捕まったりしないかなあ……ちょっと心配になってきた」