「可哀想ですよ、そういうの」
PCデスクのゲーミングチェアに座る
「そうかもしれんなあ」
「でも所定の性能が出せてないって事だと判断したわけで」
佐々木がいうものの、
「もっと働かない人間だってどっさりいるじゃないですか。それなのになんで?」
四十八願の声がとまらない。
「私、そういうの、すごく嫌いです。そんな考え方だと何やってもダメですよ」
彼女はそういうと「不愉快なんでちょっと飲み物飲んできます」とPCデスクから離れた。
ゴールデンウイークが過ぎたばかりだった。今年のゴールデンウイークはコロナの冷え込みから立ち直り観光地はどこも大賑わい、オーバーツーリズムも言われるほどだった。かといって経済成長がほとんど来ないことに多くの人が不審に思うのだ。値上げもして物価も上がり儲けも出てるはずなのに給料は一向に上がらない。額面は増えても購買力は全く増えないどころか更に減っている。そのせいでこの子ども食堂マジックパッシュを頼りにする子どももますます増える。
いったいどこにお金が消えるのか。それはいくつもの推理の名作よりもずっと胸に迫る大きな謎だ。しかしそれに挑む人間はなぜかあまりにも少ない。推理小説はあいもかわらず作り話と明らかにわかる奇妙な殺人事件の話が限界なのか、書く側も読む側もそれに疑問を口にしない。本邦が陥っているこの深刻な状態を誰も検証せず、むしろそれをタブーにしているかのようだ。そしてそれよりも多く、緩やかな自殺願望から生まれたような異世界転生ものの小説もアニメも支持され続けている。
そんなことを考える鷺沢の目の前で初夏の日差しを受けたパステルカラーのカーテンが揺れている。夏の足音が感じられる5月である。
「四十八願がこんな抵抗するなんて。ちょっと意外だった」
「そうなの?」
鷺沢と佐々木が不在になったゲーミングチェアを見ながら言い合う。
「でもこれはいくら何でも、ねえ」
「鷺沢さんもそう思います?」
「思っちゃうよ。だって相模大野と町田近辺の連続放火犯の容疑者が『防空識別圏』って。いくらビッグデータ解析のAIの答えにしても、意味も脈絡もサッパリわからん」
「ですよねえ」
二人は溜息をついた。
「ただ、かといってそれを出したコンピュータを意味がない、無駄な買い物だった、って結論するのを四十八願が強く否定するのもわかるんだよなあ。彼女、機械に独特の愛着持ってるんだよね。あの母艦PCのIDもちょっと凝った名前つけてるし」
「たしかにときどきPCの処理待ちの時にPCケースを軽くなでたりしてますよね。大事な相棒なんだなあ、って微笑ましく見てましたよ」
「そうだよなあ。機械ってウソつかないし。でも最近のAIはハルシネーションって呼ばれるウソつくらしいけど」
「ハルシネーションはウソじゃないですよ」
コーヒー片手に四十八願が戻ってきた。
「ウソじゃないです。あれは幻なんです」
「そうなのかなあ」
「その幻に人間の理解力が及ばないからって機械を嘘つき呼ばわりしたりするのは間違ってる。昔NHKがAIに日本の危機を調べさせたら『40代独身が一番日本の弱点になる』って放映してました。誰も理解できないということで番組は終わりましたが、それが今その通り本当になってるんです。40代、生産年齢の中核の氷河期世代が結婚も子育ても出来ないって事が少子高齢化と相対貧困を決定づけてる。
そんな当たり前のことなのに役所もメディアもそれを無視し、氷河期世代を棄民してる。でもその結果はすべてブーメランする。いくら子どもを今から増やして育てても誰がそれを看護し教育するんですか? 30代がやる? でもそれに適したやり方を誰が教えるんですか? もっと年上は年金喰いながら第2の就職してるけどそのほとんどが低賃金のやりがい搾取。年金で喰えるからいいだろ、って。でもそれが40代にも適用されものすごい高負担の搾取になる。40代はもう子ども作れないから不要な世代だ、って政府も役所も思ってるんでしょう。それが選択と集中なんでしょう。
でもそういう棄民をして国がまともに経営できるわけない。その結果社会不安が高まり企業は内部留保、老人はタンス預金を増やし続け、投資も消費も回らない。結果経済がおちこむのも当然のこと。そう読み解けないで『40代独身が危険? イミがわからない』なんてヘラヘラ笑って終わり。
正直私は世代が違うけど、そういう態度の人々を強く軽蔑します。そして今の少子高齢化も、ざまあみろと思ってます。このままどんどん少子化して国が潰れれば良いんです。でなきゃ無知と想像力のなさでヘラヘラ笑ってるだけの連中がまかりとおりつづける。せっかく機械が難しい計算でヒント出してるのに無視した報いです。ざまあみろ。みんな路頭に迷え」
そう吐き捨てる四十八願の怒りは止まらない感じだった。
「危ないことになる前に危ないって言うなんてほんと意味がない。危機を予知するなんてこの国では何も評価されない。いつも危機が起きて被害が出てからあわてる。でも予知して警告してもうるさいとか余計なこと言うなと叩かれるだけ。正常性バイアスが効き過ぎです」
「……四十八願、なにかあったの?」
「いろいろありますよ。言えないことも多いけど」
鷺沢と佐々木は察した。たしかにここ最近、世の中でシステム周りの不調事故が多い。銀行のオンラインシステム、チケットの予約システムが停止したし、ヒドイずさん管理で大規模な個人情報漏えいも増えた。それで四十八願も何度も対応にかり出されたのだろう。たしかに四十八願は疲れが隠せないでいる。
「え、なんですって?」
佐々木が何かの電話を受けている。
「どうしたの?」
「前の初日爆弾事件の『太郎』が行方不明になったんだそうです。老人性痴呆で徘徊にでちゃったんじゃないかと」
「なんでこんな時に」
「今地元の警察署が捜索しているそうです」
「せっかくあの初日爆弾事件の3人のうち穏やかな老後を過ごせてるはずだったのに」
「なんとも、ですよね」
「でも、容疑者は防空識別圏、か……。ただのAIのハルシネーションとして無視する気がぼくにはしないんだよね」
「鷺沢さんまで。でもどういう脈絡が」
「わからん。さっぱりわからん。でも無視しちゃいけない、ってぼくの中で何かが叫んでるんだ」
「なんですかそれは」
「ぼくに時々あることなんだ。何度かこれでぼくは助かってる。またそれなんじゃないかなと」
「でも根拠にはなりませんよね」
「そう。でも……ちょっと自分なりに調べてみる」
「また石田さんとか勝手に使うのはダメですよ。すこしは自重してください。あなたは警察でも何でもないんですから」
「佐々木さんがもっとサクサク調べてくれればやらなくて済むのに」
「なんですって!」
「うっ。すみません。自重します」
「そうです。分を弁えてください。私よりずっと年上なんだから」
「へいへい」