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第63話 模倣犯は情報収集衛星?(8)

「まあ、こういうことは信じ難いでしょうけど」

 四十八願は少し間を開けた。

「多分、『衛星自身』が救いを求めたんでしょうね」

「まさか。それじゃ衛星が意思を持ってるってことになるけど?」

「機械って、そう見える動きを時々します。とくに今は」

「ええっ、まさか、生成AI!?」

「そこまで行かなくてもよくありますよ。鷺沢さんも知ってるはず」

「ああ。鉄道模型をいじってて『あ、よく動くようになった』と褒めた途端に動かなくなったり。だから『機械を褒めるな』なんて冗談言ってたけど……まさかそんなことが」

「鉄道模型ですらそうなんです。まして高速CPUと大きなストレージを組んだ繊細な人工衛星です。セキュリティシステムを組んであった、っていうから、乗っ取りを仕掛けられたときに助けての通信ぐらいは送れるでしょう。あと、全然調べてない人がいますよね。この大学の3人のうち」

「……太郎?」

「そうです」

「そういやそうだ。普通のサラリーマンになったと思ってほったらかしてた!」

「ええ。太郎さんはたしかに普通のサラリーマンだった。の」

「!!」

「ええ。そこが開発を下請けてたんです。情報衛星のシステムの一部を再委託で」

「そんな!!」

「多分それでいろいろこっそり仕掛けたんでしょうね。自爆装置じゃないけど、何かの緊急時に備えて用意したんでしょう」

「それで四十八願にメールを」

「そう。助けて、って。衛星『太郎』と衛星『ビックリ男』、そして他の情報衛星たちと。彼らは軌道上を周回して絶対に接触しないけど、通信とそれ以上のもので結ばれていた。まるで絶対に会うことのできない離れ離れの恋人たちのように」

「やたらロマンチックな気がするけど……そう、なのかな」

 鷺沢も驚いている。

「そうなんですよ。でなければ」

 四十八願はPCのマルチモニタを見せた。

 そこに映ったのは7機の情報衛星のシステムステータス画面だった。

「こうやって悪のハッカー集団の攻撃に持ちこたえようと抵抗するなんてできませんよ」

 そこに出ている表示はテキストだけのものだが、侵食を示すのか赤い文字があちこちに散っている。一番ひどく赤く染まっているものがおそらく『ビックリ男』衛星なのだろう。その赤い文字が増えて行っている。

「四十八願!」

「ええ。大丈夫ですよ」

 四十八願はコマンドを入力する。

「もう、奴らに好き勝手なんかさせない」

 四十八願がエンターキーを押すと、直後、赤い文字が次々と正常稼働の緑がかった白文字に戻っていく。

「よかった……」

 赤文字はほとんど消えて、みんな、ホッとした表情になった。

「恋は工学を、科学を超えることがあり得るんです。だって科学も工学も、みんな恋から生まれたんですから」

 四十八願はそう微笑んだ。

「四十八願が女の子みたいなこと言うんでびっくりしてる」

 鷺沢が言う。

「私、女ですよ!」

 四十八願が怒る。

「忘れてた。失敬」

「酷いなあ。でもこれで6月サンライズ出雲旅行、決定ですね」

「ああ。でもあれ今、すごい人気なんだ。発売開始の1ヶ月前10時ぴったりで買っても買えるかなあ」

 そのとき、佐々木のケータイに電話がかかってきた。

「えっ、あ、はい!」

 佐々木がうろたえている。

「どうしたの? 相手は」

 佐々木はすこし息を整えてから言った。

「大倉内閣参与からです。サンライズ出雲のチケット、こっそり別ルートでとります、って」

「マジ!!」

 みんなびっくりする。

「A個室シングルデラックスでいいか、って」

「いいに決まってます! ありがとうございます! すごい!!」

「じゃあ、取った、って」

「よかった!」

「あ、でも……参与から。『「トワイライトエクスプレス瑞風」も取れたんだけどサンライズ出雲でいいのね』って」

 『トワイライトエクスプレス瑞風』は1泊最低30万円する豪華寝台周遊列車だ。

「あ……! やっぱり瑞風に今からできます?」

 四十八願が言うと、佐々木は首を振った。

「ええっ」

「だめなの?」

「だめなんだそうです。『はじめから瑞風って言ってくれればねー』って」

「……参与、割とヒドくない?」

 鷺沢が言う。

「そういう人だから参与にまでなれるんですよ。多分」

 四十八願もこれにはがっかりした顔になっていた。



 ガザ地区南部、ラファ検問所。砂嵐が過ぎた後には、脱出のために集まったガザのパレスチナ人の渋滞の車列がはるか彼方まで霞んで続いている。みんなガソリンも水も不足して疲れ切っていたが、みなまだ生きている。だが子供たちも女たちも目はすっかり死んでいる。

 ガザ危機は悪化の一途を辿っていた。武装勢力ハマスの戦闘員がガザの壁を壊してイスラエル民間人を残忍に殺戮したことで始まったこの危機で、イスラエル政府はハマスを『根絶やしにする』と宣言し、それが浸透して実効支配するガザのパレスチナ民間人にも容赦する気はないのだった。狭い『天井のない監獄』と呼ばれるガザ地区に戦闘機から無誘導爆弾を落とすことも厭わないその姿勢に、ハマスも、その背後にいるイランもさらに敵愾心を燃やし、危機は一向に沈静化しない。国際社会も停戦を求めたものの、それぞれにそれぞれ複雑な関係があって決定的な策は取れず、ガザの人々の運命は絶望的だった。

 この検問所はエジプトとガザを結んでいて、エジプトはここの封鎖をとき、イスラエルもここは攻撃しないと発表したものの、ハマスがそれにつけ込まないわけがなく、イスラエルもそれに対抗するため、散発的に戦闘が続いている。そしてそれに巻き込まれて犠牲になるのはガザの一般市民だ。ハマスが実効支配しているとはいえ本来はガザはパレスチナ自治政府が管理するはずだし、ハマスを嫌う市民も少なくない。なにしろハマスの戦闘員に殺戮を指示しているのはカタールなどの他国に贅沢な邸宅を構えるハマス幹部だ。彼らにとって今回の危機は高みの見物なのだ。そして今どきありえない残忍な殺戮を行ったハマス戦闘員はイスラエル軍の反撃で殺されても、その後その家族に多額の年金が約束されている。貧困にあえぐパレスチナ人にとってそれは魅力が大きい。結局金持ちの娯楽にこの危機が利用されているような醜悪な構図なのだ。

 そのなか、給水車と食料を満載したトラックがエジプト側から入ろうとしている。救援物資の車列だ。そしてその先頭で検問所警備のエジプト兵とエジプトなまりのアラビア語でやり合っているのは、老いた女性だ。それも日本人だ。

 若いエジプト兵がその女性の剣幕に圧倒されて思わず銃に手をかけ、それで周りの避難民も救援車列の人間も悲鳴を上げるが、その女性は少しも動じない。すると検問所のなかからエジプト軍将校が出てきた。しかし女性の剣幕は止まらない。

 将校はしばらく考えていたが、うなずくとウインクして微笑んだ。そしてエジプト兵がゲートを半分開け、そこを通って救援車列が検問所前で待っているパレスチナ人に配給を始めた。応急的に許されたのだ。


 女性はそれを見て一息つくと、空を見上げた。そして見えるわけのない宇宙をゆく衛星を一瞬探した。もちろん見えるわけがないのだが、女性はそれでくすっと笑う。周りのエジプト兵もパレスチナ人も皆理解できずに怪訝な顔をしたが、女性がなにかいうと、みんな笑い出した。苦境も苦境なのだが、女性のその言葉にみんな心救われたのだ。


 そしてそのラファのはるか上空を日本の光学情報収集衛星が飛んでいた。そしてその情報が中継され、北海道と九州の受信センターから市ヶ谷の情報分析センターに届く。そこで係官がその情報を分析するのだ。

「日本人がここにいるとはな。しかも空見て笑ってる」

 一人が言った。

「ああ。この状態で笑うのは並大抵じゃない」

 もう一人が同意した。

「まだそういう日本人がいるのか」

「昔から日本人はこういう活動してるからな。戦前でさえもいたという」

「そうだな。それがこの小さな島国を守る大事な方策の一つだ」

「それなのに」

 係官が別の衛星情報に目をやった。

「回避不能かもしれん」

「ああ」

 二人は少し沈黙した。

「もうすぐ、我が国最大の危機がくる」


<模倣犯は情報収集衛星? 了>


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