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第62話 模倣犯は情報収集衛星?(7)

「しかももう一機乗っ取られたのは中継衛星です。他の光学衛星・レーダー衛星と地上受信局の間で信号を中継するのですが、これがやられて不正なコマンドを受け付ける可能性があるということは、他の6機の衛星にも被害が波及します」

「どういうこと?」

 佐々木が聞く。

「この中継衛星経由で任意のコードが実行できるということは、すべての衛星に『高度を下げ大気圏に突入せよ』ということもできる。情報衛星に大気圏突入能力はありません。そんなことをしたら壊れて灰になってしまいます」

「めちゃくちゃな危機じゃないですか!」

「ええ。日本の情報衛星システム、1兆3000億円が一挙に灰になります」

「そんな……でもどうやって止める?」

 鷺沢が考え込んでいる。

「でも、その中継衛星、花子としてメール送ってきたんだよね。メールの内容は?」

「暗号化された圧縮ファイルでした。本文なしの」

「それ、ヤバいやつじゃないですか!」

 鷺沢の目が揺らめいた。

「四十八願、それ、開封して確かめられる?」

「そうですね……普通は非推奨ですけど、これを使えば」

 四十八願はこのPCルームにしている元子供部屋のマルチモニタのPCから離れ、押し入れをあけ、何かを探している。

「あった。昔使ってたノートPC。これに転送して無線LAN機能を切って機内モードにすれば、やばいものが圧縮ファイルの中に入ってても影響はこのPCだけで済む」

 そのノートPCは昔はやったミニノートである。ウェブ閲覧だけならできるがそれ以上の作業になると画面も小さく能力も低くて使い物にならず廃れていったPCだ。

「身代わりにするのか」

「母艦機でこんなやばいもの開くのはノーサンキューですからね」

 四十八願が操作する、

「開けました。って、うわ、すごく長いドキュメントファイルですよ!」

「読める?」

「というか、これ日本語ですね。日本語のWordファイル」

「何が書いてある?」

「『花子』こと高梨詩織について、だそうです」

「マジ!?」

 みんながそのミニノートの小さな画面を見ようとする。

「もー。セキュリティチェックして脅威はないので、これ母艦に転送します。そっちで見ましょうよ」

「できるんだ」

「ええ。これ、警察署と県警本部とサイバー犯罪課にもコピー送っときますね。間違いなく重要な資料ですから」

「でもこんなものをなぜ中継衛星が、それも四十八願宛にメールしたんだろう?」

「まず読んでからにしましょう」

「そうだな」


 子ども食堂マジックパッシュのみんなは時間を掛けてドキュメントを熟読する。


「これがホントだったら……」

「外務省に調査依頼しましょうか!」

 その時。

「おつかれー。その必要はないよ」

「橘!」

 あの元自衛官でいま内閣参与のプライベートボディーガードの橘義彦が来たのだ。

「参与が手を回して、その件調べはついてる。花子こと高梨詩織の死の真相」

「生きてるのか」

「結論から言えばそうだ。生きてるよ。あのクーデターのとき、花子は革命家ではなく人道支援団体で活動していた。でもクーデター騒ぎの中で死んだことになった。あのときシエラボリス共和国は共和国と民族解放戦線の対立で内戦状態に近く少数民族の難民キャンプもあった。そのなかで花子の人道支援、主に教育と食料物資供給支援活動はどちら側からも敵視されていた。国際人道支援でよくあるパターン。それで銃撃を受けたり拉致されたり暗殺されたりすることもよくある。そんななかで共和国のジャーナリストは献身的に活躍する花子をそういう勢力から守るために、彼女を死んだことにしたんだ。彼女は爆弾事件で太郎が自分のかわりに負傷して、そのショックから革命の真実を知った。フランス革命にしろロシア革命にしろ、あとにあったのは支配層の入れ替わりだけ、それも醜悪な権力闘争を伴う混乱しかない。その後の花子の活躍ぶりはすごかった。さまざまな国連機関だけでなく武装勢力とも渡り合って人道支援を推進した。が、それは自分を粗末にしているようにも見えたという」

「花子さん……」

「花子は太郎に連絡を取りもしなかった。ビックリ男とも。3人は完全に別の道を歩むことになった。ビックリ男の初日爆弾、あれも予告電話をいれて犠牲者を減らそうとしたらしいんだが、大学側が『悪質ないたずらだろ』と避難指示を出さなかったらしい。その結果死者6名の大惨事に」

「今じゃ考えられないですよね」

「当時のそういう人々は権威主義が強かったんだ。どうせ大きな事はできない、と高をくくってこの始末。でもそういう犠牲の結果、今は爆破予告があれば躊躇なく避難させるのが普通になった」

「そしてビックリ男は逮捕され、爆弾事件の主犯として死刑判決を受ける。6人も殺せばそりゃそうだ。でも獄中の人となった彼は控訴もせず刑を受け入れ、沈黙の日々を送ることにした。言い訳もしなかった。他の多くの活動家がその間に内ゲバ事件、仲間内での争いの暴力沙汰を起こし、さらにはあさま山荘立てこもりのような事件で、ビックリ男たちの予想のままに悪循環で人々からの支持もなく、日本の過激派はあとは成田闘争とかの小さなテロを起こすのがやっとまで鎮圧された。警察もうまかったからね。犠牲者を出してでも過激派を生け捕りにして裁判にかけて、いかに彼らが醜悪かを天下に知らしめたんだから。そりゃビックリ男も沈黙したくなるわけだと思う、が」

「が? 何があったの?」

「ビックリ男、実は花子に手紙を送っていたらしい。彼の弁護士の息子さんに聞いたら、弁護士経由で手紙のやり取りがあった。どうも不思議な宛先なんでわからなかったらしいけど、その相手は海外で活動する花子だった」

「不思議な宛先、って」

「いろいろ手紙を転送したりする組織があったんだろうね。多分あの大学時代の彼らの仲間がそういうのを作っていたようだ。そしてビックリ男は花子が射殺されたという嘘の真相も知っていたようだ。そしてそのことは太郎も知ることとなる」

 橘はここまで説明して、ふーっと息を吐いた。

「そして50年以上がたった」

「それとこの人工衛星乗っ取りがつながるわけですね」

 佐々木が言う。

「そういうことになる。ならず者国家の命を受けたハッカー集団が日本の情報収集衛星システムの脆弱性をこじ開けることに成功した。それで奪った衛星を『ビックリ男』とし、そこからの指令で模倣事件を起こしたようにして爆弾事件を起こした。でもこれは捜査の撹乱と、本当の目的、日本政府に対する脅迫のためだった。情報衛星網を失いたくなければならず者国家との表の交渉で妥協するか、それができなければ内閣機密費でもなんでもいいから暗号通貨で送金しろ、と」

「めちゃくちゃだ」

「だけど不思議なんだよなあ」

 鷺沢が思案している。

「何が」

「乗っ取られた衛星『ビックリ男』が転送電話の踏み台になったのはわかる。でも中継衛星『花子』がなんでメールを四十八願に送ったのか。だれかがリモートで操作したんだろうか、と思うんだけど、さっぱり思いつくアテがない」

「そりゃそうでしょう」

 四十八願がいう。

「え、誰か、わかるの?」

 みんな四十八願を見る。

「ええ」

「誰?」

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